βラクタム環を有する多くの抗生物質に耐性をもつ➂Prevotella属。
抗菌スペクトルが狭く、これを狙い撃ちできる抗菌薬は何だろうか。
それは、リンコマイシン。

リンコマイシンは構造上はマクロライドに近い構造を持つものの、スペクトルは広くはない。
歯科で経口で適用なのはクリンダマイシン(製品名ダラシン)で、別名「嫌気性菌キラー」
嫌気性菌キラーには二つあり、横隔膜より上であればクリンダマイシン、下であればメトロニダゾールとされている。

バイオアベイラビリティは良好で、ほとんどすべてが血中に移行する。
代表的な口腔内感染症のカバーであるが
➀Streptococcus Anginosus 属 (グラム陽性連鎖球菌)
➁Peptostreptococcus 属 (嫌気性グラム陽性球菌)
➂Prevotella 属 (嫌気性グラム陰性桿菌)
➃Fusobacterium 属 (嫌気性グラム陰性桿菌)

これらのうち、➂のPrevotella属を含む➁➂➃には耐性菌はなく、➀のStreptococcus Anginosus属に5%程度の耐性菌がみられる。
ペニシリンとクリンダマイシン、この二つを上手に使えば、口腔内の起炎菌に対しては、最低限の抗菌スペクトルで強力な殺菌が実現できる。
それゆえ、耐性菌対策の順守をこころがける大病院の口腔外科などでは、この組み合わせで感染症にあたっているところが多い。

口腔領域で使うにはうってつけの抗菌薬であるが、市井ではあまり使われないのにはワケがある。
ダラシンは歴史の古い薬、つまり薬価が不当に安い。
そこでMR(医薬情報担当者)が徹底的にこの薬の副作用をこきおろしてまわった経緯があるのだ。

その副作用は、偽膜性腸炎。
嫌気性菌キラーということは、同じく嫌気性の大腸菌などもたたいてしまう。
すると腸内で菌交代がおこり、普段は少ない常在菌のClostridium difficileの大増殖をおこす。
その結果おこるのがクロストリジウム・ディフィシル腸炎(CDI)
全ての服用者におこるわけではない、重篤化はまれで、下痢をおこす人がいる、程度。
最初にCDIの報告があったのがクリンダマイシンであったので、クリンダマイシン = 偽膜性腸炎 のイメージが大きくなった。

じつはダラシンの偽膜性腸炎の発生頻度は、第三世代セフェムやキノロンと変わらない。
どちらも腸内の細菌叢をたたくので当然だ。
なのに、偽膜性腸炎をおそれてMRのいいなりに、ダラシンから第三世代セフェムに乗り換えてしまったドクターの多いこと。
皮肉にも偽膜性腸炎の頻度そのままに、抗菌スペクトルは広く、薬価ははねあがってしまった。
高い薬を売りたいMRの勝利、ドクターがきちんと勉強しないから、こんなことになる。