古来からあった虫歯予防薬

昔の人物画をみると、なんとなく口元に違和感を感じることがある。
違和感の源は、お歯黒。
古来、お歯黒は高貴な貴族などがつけるものであったが、それが時代とともに庶民にまで広がった。
つややかな黒であるほど、美しいとされたという。
東大阪の古墳からは、お歯黒をした人骨が発掘されたので、その歴史は7世紀ぐらいにまでさかのぼれる。

実は、お歯黒は抗う蝕作用、つまりは虫歯になりにくいようにする作用がある。
これを応用した薬もまた、歯医者で使われる。
今回は、お歯黒とそれを応用した薬について解説する。

お歯黒とは

お歯黒は、酢酸第二鉄とタンニンが結合したもの。
古くは古釘に酢酸や、お粥や茶葉を発酵させたものに何カ月も漬け込んで酢酸第一鉄を作成した。

これに、ヌルデというウルシ科の樹木に、アブラムシが取り付いてできた虫こぶのタンニンを作用させる。

酢酸第一鉄とタンニンを交互に塗り重ねていくと、歯がコーティングされる。
酢酸第一鉄は酸化し、酢酸第二鉄に変化、これとタンニンがくっつくと黒くなる。
二つが反応して、非水溶性のタンニン酸第二鉄に変化するためである。
コーティングは2,3日ほどでとれてしまうので、頻繁に塗り重ねる必要があったという。

ちなみにかつての、万年筆のブルーブラックインクは、お歯黒と同じタンニン酸第二鉄からなる。
タンニン酸第一鉄をペン先の白金で触媒することで、書いた端から非水溶性のタンニン酸第二鉄に変化させて発色させるという仕組み。
最初から第二鉄にしてあれば、非水溶性ゆえ沈殿してしまってインクの用をなさないためである。

お歯黒の歯への作用

歯質への作用と、コーティングによる作用とがある。
コーティングによる作用は、言うまでもなく歯質そのものへの細菌の侵襲がブロックされることによる。
また、はがれやすいお歯黒をしっかりつけるためには、歯垢の除去が重要で、そのため念入りな歯磨きがおこなわれていた。
お歯黒をしっかりつけるためにおこなわれていた歯磨きもまた、う蝕や歯周病の予防に一役も二役も買っていたという。
歯質への作用は、酢酸第一鉄によるもの。
酢酸第一鉄は、エナメル質にわずかながら浸透して歯質(ハイドロキシアパタイト)を強化することで耐酸性を向上させる。
また、タンニンにはタンパク質凝固作用や、歯肉の収斂(引き締めること)作用があり、歯周病予防に役に立っていた。
なお、タンニンの作用は現在でも、「生葉」という歯周病予防の歯磨きの成分のひとつとして用いられている。

このようにお歯黒は、歯を染めるという目的外ながらも、口腔の健康に役に立っていたというのは驚くところである。

フッ化ジアミン銀

お歯黒の機序をまねた製剤、フッ化ジアミン銀が発売されたのは、昭和45年。
代表製剤として、サホライド。
歯医者が足りないうえ、虫歯が怒涛のように小児に蔓延していた時代であった。
フッ化ジアミン銀は、虫歯に塗ると、フッ化カルシウムを作り出し、軟化した象牙質の再石灰化や、無機質の耐酸性を向上させる。
また、銀がタンパク質固定することで、象牙細管内に巣食った細菌を殺したり、細菌の酵素活性を阻害する。
平たく言うと、虫歯の進行を阻止する製剤。
フッ化ジアミン銀製剤は、小児の乳歯の虫歯の進行止めとして、大いにもてはやされた。

ただし、問題は虫歯部分が真っ黒に変色し、元に戻らないこと。
それゆえ、近年では何かと避けられがちである。
しかしながら、その優れた薬効は、高齢者の根面う蝕の進行抑制や治療などで再び見直されつつある。
また、そのタンパク質固定能力で、口内炎の治療に用いたりもする

フッ化ジアミン銀製剤のサホライド
フッ化ジアミン銀

総論

お歯黒とフッ化ジアミン銀、どちらも虫歯の進行を止める点で、時代にあった歯科製剤であったといえる。
古来からあったお歯黒が時代によって姿を変え、今に残っていることは驚嘆に値する。
先人たちの知恵は侮れない。

お歯黒とサホライド 完