とある11月、木枯らし1号から2週間後。
20台前半の女性が、左下大臼歯部の咬合痛を主訴に来院した。

近くの歯医者では抗生物質と鎮痛剤で様子をみるといわれたが、全く改善しないとのこと。

口腔内を診ると、虫歯もなく、口腔衛生状態も良好、歯ぐきの炎症もない。

咬合状態をチェックする。

私が使うのはハネル社のフィルム製の咬合紙。
薄さはわずか0.03ミリ。
普通の歯医者が使うものに比べてかなり高額だが、実に正確に咬合が把握できる。

通常咬合は赤、側方運動は青でチェック。
何ら異常はみられない。

しかし打診では、側方方向にのみ痛みがある。
前医が悩むのも無理はない。

しかし、私たちが見ることができるのは、限られた条件の場合のみ。
普通にしているときの咬合だけ。

もう一度、問題の歯をチェックする。
咬合紙のあたっていないところを。

やはり、あった。
わずか直径1ミリほどの、ピカピカに研磨されたような面。
光の加減では全く分からなくなる。

問題のこの面だが、どう咬ませても対合の歯牙とは接触しない。
ではなぜこの面がすり減るのか。

人は睡眠時にくいしばるとき、時として昼間の覚醒時とはくらべものにならない力を出すことがある。
通常では反射により強くかまないのだが、有害な反射が過剰な咬合を呼び込むことがあるのだ。
この時かかる力は、通常全力で咬んだ時の30倍程度にまで達することがある。

これだけの力がかかると、信じがたいことに、あごの骨がひずんで変形する。
それゆえ、通常絶対に接触しないところが咬合し、歯を引き倒すような力がかかる。
結果、歯をささえる歯根膜が痛めつけられ、咬合性外傷とよばれる状態になったのだ。
意外と、骨が変形することを知っているドクターは少ない。

それにしても、なぜ突然発症したのか。
それは2週間前にやってきた木枯らし。
急激な気温の低下が、睡眠時のくいしばりを誘発した。

顎関節症や咬合性外傷が多く発生するのは、この季節が圧倒的に多い。
少し暖かくして寝るだけで、あっさり解決する。

常識にとらわれすぎると、見えないこともまた臨床。