上顎総義歯

上顎もしくは下顎に歯が一本もなくなると、歯牙にバネなどで維持を求めることが不可能となる。
そうなると、完全に粘膜のみに荷重をかけることに依存する総入れ歯に移行することになる。
今回は、総入れ歯のうち、上顎総義歯について解説する。

上顎総義歯の構造

総入れ歯は、口蓋全体を広く覆う。
覆う範囲は、左右の最後方臼歯があったところを結んだ線を後縁とする。
この広い範囲を吸盤とすることで、落ちることなく入れ歯は上顎に吸い付く。

このように広い構造があるからこそ、入れ歯が吸い付くのであるが、逆を言えば広く覆われるからこそ不快感も大きい。
ここの部分をくりぬいたU字型の入れ歯もあるにはあるが、吸着が不足し、実用面で使い物にならないことがほとんどである。

典型的な上顎の総義歯
上顎の総義歯の構造

咬合能力

入れ歯のかむ能力は、歯ぐきの骨である歯槽骨がどれだけ状態よく残っているかと、入れ歯自体の剛性の高さに大きく左右される。
だいたい総義歯になると、良好な義歯でも、すべての歯が残っていた時の5分の1ぐらいしかかむ能力は得られない。
これは、歯があったころ10分で食べていた食事が、1時間かかるようになるということである。
お年を召された方が食事に時間がかかるのは、このような事情による。

骨の状態

歯槽骨は大きく残っていることが望ましい。
馬の背中に鞍を載せるように、入れ歯は歯槽骨上に配置される。
大きく残っていれば、入れ歯をかんだ時の咬合圧は広く分散されるため、強く噛んでも痛くはない。
しかし、骨がやせていれば、咬合圧は残っている狭い範囲に集中するため、強くかむと痛みを生じる。

また、上顎と下顎では骨が吸収されていく方向が違う。
上顎は内側が吸収され外側が残り、逆に下顎は外側が吸収されて内側に偏位する。
そのため上下で歯槽骨の位置がずれてしまい、力学的にうまくかみ合わない入れ歯にならざるを得ないことがある。

入れ歯の剛性

剛性とは、たわみにくさのこと。
剛性が低いと、強く噛んでも入れ歯がしなって力が逃げてしまい、かんでもかみきれない。
特に野菜などの繊維質のものに影響する。

これは、包丁でカボチャを切ることで例えられる。
下に固いまな板があれば、カボチャは容易に切れる。
しかし、まな板のかわりに柔らかい物を台にすると、カボチャは力を受けきれずうまく切れない。
この台の固さこそ、入れ歯における剛性である。
それゆえ、一般的に剛性は高い方が有利である。

入れ歯の種類

上顎の入れ歯の基本的なアウトラインは同じだが、材質の違いで大きな差が出る。

保険の入れ歯

樹脂であるレジンで作成される。
材質としては剛性が不足するため、数ミリもの厚さでつくられる。
それでも剛性は不足し、思うようにはかめない。

入れ歯の範囲全体にわたって数ミリの厚さで覆われるため、しゃべりにくく、食事もしにくい。
それでも強度が十分とは言えず、下顎に天然歯が多く残っている場合など、中央部で真っ二つに破断することもある。
かつては強度を上げるための補強線というワイヤを入れられたが、現在は保険点数から除外された。

本来の正しい入れ歯の作成法からかけ離れた、極限まで手順を省いた簡便なやり方で作成されるため、精度や機能に劣る。
症例によっては、実用性に欠ける場合もある。
メリットは、廉価であること。

保険のレジン義歯
保険義歯

金属床義歯

口蓋部や、強度が必要な部位を金属で作成する。
歯槽部は、張り替えられるようレジンでつくる。

わずか0.5ミリ程度で十分に剛性が保たれるので、保険の物に比べるとかみごたえが得られる。
口蓋部の厚さは保険のレジンに比べるとおよそ十分の一。
そのため、圧倒的にしゃべりやすい。
また、食事もしやすく、口蓋部で食べ物の温度なども楽しむことができる。
言うまでもなく強度は強い、通常使用で壊れることはない。

保険外の製品であるため、必要な作成手順、時間を十分にかけることができる。
作成に手間と時間がかかるが、精度・機能ともに高い。
難しい症例には、それに応じた技術を盛り込むこともできる。

また、口元のハリなど、入れ歯に顔貌の外見の補正をおこなうような機能をもたすこともある。
デメリットは、高価であること。

金属総義歯(保険外)
金属総義歯

保険義歯と金属総義歯の薄さの比較
義歯の薄さ比較

上の枠内の拡大。薄さに大きな違いが見てとれる
義歯の薄さのちがい

総論

上顎の総義歯は、覆う範囲が大きい。
そのため、吸着は良好なのだが、反面、快適性の面からは劣る。
それをどれだけ快適にするかは、材料や設計などに大きく依存する。
入れ歯は毎日使用するものである、5年使用したとすれば、高額な義歯でも月々のスマホ代にも至らない。
良く考慮されたうえで、選択するのが良いだろう。

上顎の総義歯 完