クロストリジウム属(Clostridium)という細菌属がいる。
偏性嫌気性のグラム陽性桿菌で、土壌中や腸内などの酸素が乏しい環境を好む。
ボツリヌスや破傷風菌もこれに属していて、怖い細菌属と思われがちだが、整腸剤として利用されることもあれば、アセトンや各種商用有機物の合成をおこなったりと、人類とのかかわりは少々複雑だ。
まあ、同じ代謝活動でも、人間の都合で、発酵と腐敗という両極端な分類がされてしまうのが、細菌の活動の面白いところである。
さて、今回はそのクロストリジウム属からつい最近追い出された細菌のお話し。
抗生剤を飲むと、なぜ下痢を起こすのかという話でもある。
クロストリディオイデス・ディフィシル(Clostridioides difficile)は、2016年にクロストリジウム属からクロストリディオイデス属に移された。
科学の世界ではままあることで、冥王星が惑星でなくなったのと似たようなものである。
クロストリディオイデス・ディフィシル(CD)は、増殖力はあんまり強くはないが、非常に打たれ強い。
ノロウイルス同様、アルコール消毒も無効。
環境が悪くなると、芽胞という極めて耐久性の高い細胞構造に変化するためである。
通常であれば、CDは他の競合細菌との生育速度についていくことができず、大繁殖することはない。
そもそもdifficileはラテン語で困難(英語ならdifficult)、生育が遅く、培養が困難ということから命名された経緯がある。
しかし、しばしば病院などでアウトブレイクをおこす。
CDは毒素を産生する細菌だ。
この毒素が腸管内の細胞を傷害したり、細胞死を誘発することで、クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)をおこす。
CDIは、下痢、偽膜性腸炎、大腸穿孔などでときに死に至る感染症である。
日本での成人の保菌率は15%程度と、欧米に比べ数倍となっている。
これは日本での抗生剤の誤用、乱用が原因だろう。
おもしろいことに、生後1か月ほどの乳児の保菌率は70パーセント近い。
その後、他の細菌との競争に負けて消えていくのだが、なぜ乳児にはCDIが発生しないのかは謎。
毒素の受容体が発現していないため、という推測があるが、今後の研究が待たれる。
CDIの発生は、抗生剤の服用の副作用だ。
CDは抗生剤などで生活環境が悪くなると、芽胞になり、状況が好転するまで眠りにつく。
一方、普段細菌叢を構成している細菌は抗生剤でやられてしまう。
その後、目を覚ましたCDは、いつもなら太刀打ちできない競争相手がいないので、大増殖をおこし、毒素を産生しまくる。
このような細菌叢が変化することを菌交代という。
そして菌交代こそが、CDIの発生機序だ.
全ての抗生剤が発生させうるが、特に多いのが、キノロン、セフェム、リンコマイシンの三種。
歯科でもおなじみのフロモックスやクラビットなどもこの仲間。
健常者なら軽い下痢で済むが、体力の低下した患者の多くいる病棟などでは命にかかわる感染症となっている。
治療は、重症患者であればCD感受性の抗生剤が用いられる。
軽微であれば、抗生剤の中止。
予防として、耐性菌型のビオフェルミンなども抗生剤と同時処方されることもある。
現在、医科および歯科では第三世代セフェムが誤用・乱用を極めている。(当院の第一選択薬はペニシリン系)
そのため、しばしば腸内で菌交代がおこり、CDのキャリアにしあがっていく。
問題になるのは、これらの保菌者が歯医者の手を離れ、終末医療などの現場に移行してからだ。
抗菌薬の選択は、長い人生設計のうちでおこなわれるべきだと考える。
抗生剤と下痢 完