70代女性。
もう何年も当院に通ってらっしゃる患者。
半年ほど前、転倒してしばらく上顎前歯部に違和感を覚えていた。
特に左上2に提出感があるという。
歯周組織の打撲と考え、経過を見ることとする。

3カ月ほどたって、左上3番に痛みを感じるようになってきた。
後方歯群はなく、義歯の鉤歯となっている。
歯周ポケットも多少深く、義歯の負担が大きいので、その影響を疑う。
鉤歯にかかるクラスプを調整して様子をみる。

一週間後にまた来院。
痛みが取れない、とくに根尖周辺を触ると痛いとのこと。
数か月前の打撲を疑う。
電気診で歯牙の生死を確かめるも、バイタル(生きている)。
デンタルをみてもきれいに歯根膜像が出ており、根尖性歯周炎の線は消えた。

よくよく痛みを確かめると、根尖相当域に触った直後にびりっとくるような痛みとのこと。
前回診察時よりも痛みがシャープになり、痛みの質がはっきりしてきた。
顔面の触診をおこなう。
眼窩下孔付近をおさえると、程度は大きくないが圧痛あり。

他に何か症状がないか、根掘り葉掘り聞いていく。
すると、半年くらい前から、左の耳鳴りがするとのこと。
耳鼻科を受診するが、様子を見るといわれたままとのことである。

ここですべてがつながった。
原因は、三叉神経。
半年前の転倒と時期を同じくしていたため、だまされてしまっていたのだ。

三叉神経は耳の音の伝導にかかわる。
鼓膜から伝わった振動は、三つの小さな耳小骨を経由し、内耳に入る。
その耳小骨のひとつが、ツチ骨。
3ミリほどの米粒ほどの小ささだ。
このツチ骨と鼓膜をピンと張る鼓張膜筋は三叉神経の支配を受けている。
この部位で、伝わってくる音の強弱を調整しているが、三叉神経に不調があると聴覚に異常が生じる。
ちなみに、これは中枢性の聴覚異状であるため、耳鼻科では見落とされたのかもしれない。

確定ではないが、三叉神経痛の疑いが強まった。
テグレトールを処方し、改善するかどうかをチェックする。
テグレトールはきつい薬だ、いきなり定量服用すると、めまいや吐き気など大変なことになる。
マニュアル外だが、私は定量を大幅に下回る、一日一錠程度からはじめる。

はたして一週間後、何をやっても治まらなかった症状は、劇的に改善した。
耳鳴りはまだ続いている。

しかし、まだまだやることが残っている。
三叉神経痛の多くは、中枢部での、血管の走行による神経の障害だが、同じような症状は腫瘍による圧迫でも生じる。
末梢の痛みでないことが判明したので、あとは脳神経科等で悪いものがないかチェックする。
ここまでやって、いっぱしの医療人といえるだろう。
口腔内の症状は、体の症状の一部なのだ。

耳鳴りと痛み 完