70代後半女性。
当院が開院してすぐに来院され、全顎的な補綴をおこなった患者。
補綴後は歯周病の基本治療をおこない、月一回継続してメンテナンスをおこなっている。
セフェムにアレルギーあり。

お盆前の暑い盛り、突然左臼歯部周囲の歯肉がただれた。
食品で刺激痛あり、接触痛もある。
排膿はなく、細菌による炎症のような所見ではない。
金属アレルギーを疑うような所見である。
内科では口内炎と診断されたらしいが、その診断には違和感を感じた。

9月も末になると、さらに広範囲におよび、口唇にまで至った。
ただし、左側に限局している。
異状部位は白いレース様のわずかに盛り上がった網状の白斑を呈している。
これは、扁平苔癬だ。

扁平苔癬は皮膚や口腔粘膜に発生する難治性の慢性炎症疾患。
白くレース様や網状の角化亢進と炎症を呈することが多いが、びらんや潰瘍化を伴うこともある。
灼熱感や接触痛、刺激痛を伴うが、無自覚である場合もある。
40代から50代の女性に好発する。
原因は不明だが、金属アレルギーとの関連が示唆される場合もある。

口腔扁平苔癬は前がん状態と呼ばれる状態にある。
前がん状態は、癌になる前段階というわけではなく、癌になるリスクが正常部位に比べて著しく増大している状態である。
それゆえ、まれではあるが悪性化することがある。
癌化率はおよそ1%程度とされる。
不思議なことに、口腔外での皮膚の扁平苔癬では癌化はみられない。
視診では他の粘膜疾患(白板症など)との鑑別や、悪性度が判断できないので、専門医による病理検査が望ましい。

以前、インプラント周囲炎から前癌状態に移行した話を書いた(こちら
前がん状態と前癌病変は別のもの。
WHO(世界保健機関)の定義では次のように定められている。
前がん状態・・・癌発生の危険性が有意に増加した一般的状態
前癌病変 ・・・正常なものに比べ、明らかに癌の発生しやすい形態学的な変化を伴った組織
口腔領域において、後者は白板症や紅板症などにあたり、細胞に形態的変化(異型性)が現れているため、すでに変化は始まっていると考えてよい。
原則として、癌の初期病変と考えて、臨床的には切除が原則となる。

患者は内科での診断が口内炎だったため、不安を覚えていた。
経過を見ることなく、即上位の医療機関に送ることとする。
いつものように大阪警察病院、石濱先生のところに送る。
ここなら病理検査、そして皮膚科もあるのでアレルギー検査等も問題なくおこなえる。

続きます