とある春、桜が咲くころ。
40代後半の女性の患者が治療希望で来院された。
C4、つまり残根状態の歯があり、抜歯の要がある。

問診票を見ると糖尿病のところにチェックがある。
聞くと、薬は飲んでいないという。
程度が軽いのかと思い、糖尿病の指標 HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)を確認すると12だという。
これは重度の糖尿病、とても抜歯ができる状態ではない。

糖尿病の指標は、一昔前は血糖値を多用したが、現在はHbA1cが主流となっている。
血糖値は空腹時など経時的に変化するため、全体像を把握することが難しい。
そこで、赤血球の色素の一種であるヘモグロビンA1cと、ブドウ糖との結びついたものの割合(%)をHbA1cとしている。
これは、ヘモグロビンの寿命120日を上限とした、おおむね60日~90日間の血糖値を把握できる。
高血糖状態が長く続けば、ブドウ糖のくっついているものの割合が増えるという理屈。
正常値はだいたい6以下。
8.5以下が歯科治療の適応とされている、ガイドラインでは抜歯の適応は6.9以下。
私は口腔外科医や内科のドクターと相談した結果、事前投薬などをおこなって9以下ならば緊急時の外科処置を適応としている。
しかし10以上は、適応外。

なぜ糖尿病が歯科治療の障害となるのだろうか。
大きな原因として、易感染性がある。
重度な糖尿病では、健常者に比べ感染のリスクが5倍程度高いとされている。
これは体内に侵入した異物を貪食する、白血球の一種である好中球の遊走能が低下するためである。
そのため、細菌に対して抵抗力が低下し、感染しやすく、治りにくいという状況となっている。

他にも、糖尿病患者は血糖濃度のコントロールができずに、高血糖・低血糖におちいってしまう場合がある。
アドレナリンを血管収縮薬として添加されている局所麻酔薬は、アドレナリンの作用で血糖値を上げてしまう。
そのため、状況によってはフェリプレシン含有のものや、麻酔薬自体に収縮薬の作用がある麻酔薬を用いる。
低血糖は深刻だ。
血糖を一番消費するのは、実は脳。
血糖が低下しすぎると、軽度の場合は震え、動悸、発汗、悪心、頭痛などがおきる。
それをこえて重度になると、けいれんや昏睡に陥る。
低血糖は最悪命にかかわる、速やかなブドウ糖の摂取を要する。

歯科に限らず、糖尿病は医療に困難をもたらす。
通常なら何でもない治療が、途端に難しくなるのだ。

続きます