非歯原性歯痛

歯医者に来院するのは、歯が悪い人。
普通はそうである。
ところが、歯が痛いのに歯は悪くなく、別のところが悪いということがある。
このような痛みを、非歯原性歯痛という。

治らない症状

虫歯があれば、虫歯を治せば痛みはひくものだ。
ところが非歯原性歯痛の場合は、歯にあらゆる治療をおこなっても痛みはひかない。
それどころか、抜いてしまった歯が痛んだりすることすらある。

このような非歯原性歯痛の症例は、割と遭遇する。
どこへ行っても解決できず、最後に私の元へ流れてくることが多いからである。
本来、歯以外の疾患は歯医者の仕事ではないのだが、大まかに診断して他科に送り出すようにしている。

典型的な症例

60代女性。
左下3番のズキズキした痛みを主訴に、最初の医院を訪れる。
その医院では、コンポジットレジンの下に問題があると推測して、詰め直しをおこなったが、痛みはひかない。
神経に非可逆性の炎症がおきていると判断され、抜髄(神経の除去)をおこなったが、やはり痛みは残ったまま。
痛みは四六時中痛いわけではなく、せいぜい数分痛み続けるという。
ロキソニンも効きが悪い。
結局そこの歯医者ではらちが明かず、大学病院を受診するに至る。
ところが、その大学病院でも、異状はないといわれて、心療内科の受診をすすめられたという。
それでも歯が痛いので、途方に暮れて私のところへ来たというわけ。

このように歯の根の治療にいたって、なお歯痛が治らないケースが一定数存在する。
アメリカのある研究では、その割合は3.5%。
これは、歯が痛みの原因ではなく、痛みの発現箇所だったということである。

診断

この場合疑うのは、三叉神経痛などの、神経障害性歯痛。
痛みを誘発する、トリガーポイントと呼ばれる、圧迫すると痛みを誘発する場所がないか顔面を調べていく。
果たして、あるところをおさえると、電激痛とともに痛みが誘発される箇所があった。

痛みが引いた後、この箇所にキシロカインで局所麻酔をおこなう。
そのうえで、トリガーポイントをおさえると、症状は出ない。
心療内科云々ではなく、神経の痛みは実在する。
これはおそらく、三叉神経痛。
原因は、耳の後ろあたりの頭蓋骨内で、三叉神経が血管などに圧迫されておきる疾患。
大元の神経が締め上げられ、末梢の痛みとして感じるためだ。

神経科に紹介状を書き、経緯と精査をお願いする。
果たして、結果は推測通り三叉神経痛。
特効薬テグレトールを処方されたが、体にあわず、下降性抑制系の鎮痛補助薬・ノイロトロピンを服用に至った。
効いてるのかよくわからないが、一定の落ち着きはあるとのことであった。
その後は悪化することなく、定期的に通院されている。

確定の難しさ

もし、この患者が痛みを訴えた最初の医院が私のところだったら、どうなっていただろう。
この患者の発痛点には、レジンが充填されていた。
おそらく私も、充填内部の二次カリエスを疑っていたであろうし、再充填して痛みがでれば歯髄炎を疑ったはずだ。
気づくポイントがあったとしたら、ロキソニンが効かない、痛みが短いというところか。
もし、この歯が治療痕がない歯であれば、最初から正解にたどり着けていたかもしれないが。

神経障害性疼痛にロキソニンなどの痛み止めは効かない
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後医は名医、という言葉がある。
非歯原性歯痛は、可能性が高いものを排除していった結果、初めて診断に至る場合が多い。
色んなトライアンドエラーの積み重ねが、診断には必要なのだ。

今回は、この診断の難しい非歯原性歯痛について、解説する。

続きます。