40代女性、虫歯の治療に訪れた。
左上7番、第二大臼歯が重度の虫歯で歯冠崩壊している。

問診表をみると、抗生剤を服用している。
副鼻腔炎が慢性化して、抗生剤を長期継続している。

使用している抗生剤はクラリス、マクロライド系の代表的な薬剤で、比較的耳鼻科の医師が好んで処方する。
それが実に2週間も連用している。

抗生剤は大まかに2種類に分けられる。
一つは菌を殺すタイプ、そしてもう一つは菌の増殖を阻害する、いわば去勢するタイプ。
クラリスは後者にあたる。

マクロライドは広い範囲の細菌に効く、この薬でしか倒しにくい細菌もいる。
しかも耐性菌を作りやすい。

だからできれば他の抗生剤で倒せるなら、この抗生剤は温存したいところ。
いざマクロライドが必要になったときに、これが効かないとなると大変だからだ。
しかも長期の投与は耐性菌を誘導しやすい、効かないなら短期の投与で切り上げるべきである。

通常、私は吸収率の高く血中濃度の高くなる旧世代の殺菌系をファーストチョイスする。
旧世代は確かに耐性菌が多くいる、しかし効かないわけではない。
むしろ臨床では強烈に効く。
しかしこのような処方をするドクターはまれだ。

耐性菌で問題になるのは、通常であれば全く問題ない細菌である場合が多い。
抵抗力の弱い、瀕死の患者が抗生剤の効かないマイナー菌でやられるのだ。

抗生剤の開発は、効果の高いものから発見され実用化される。
世代が後になるほど血中濃度が上がりにくく、効き目もぼうっとしたものになりがちである。

そして実用化されたものから、耐性菌が出現する。
ところが我々が通常相手にする細菌は、耐性菌でない場合がほとんど。

ではなぜ耐性菌でも何でも効く新世代の薬を処方するのか。
ここに日本の保険点数制度の問題点がある。

新世代の薬の薬価は高く、良いものでも旧世代のものは低いのだ。
だから薬品メーカーは薬科の営業職、MRに新世代の薬を強烈にプッシュさせる。
結果、それを信じたドクター達は高くて良いと吹聴された薬を処方する。

例えば、βラクタム環系の第四世代系のフロモックス、バナン、トミロンなどは通常の臨床ではオーバースペックと考えている。
昆虫採集に広範囲を焼き尽くす火炎放射器を持ち出すようなもの。
そのくせ、ショットガンのように低威力だがとりあえず広範囲に効果はある。

比べて、旧世代系のペニシリン系はライフルのようなキレがある。
強烈に効くのだ。
これは吸収率が高く血中濃度が極めて高くなるため、血流の低下した病巣などでも有効濃度を維持できるためである。
効かなければ狙いをずらした、第二のライフルを使う。

抗菌スペクトルが狭く狙いの細菌のみをたたくのは、医学における基本中の基本。
なんにでも使えるエースは温存すべき。

うちの医院には風邪をひくと来院される人がいる、医科で処方する薬より効くからというのが理由。
薬理学を理詰めで考え、臨床に用いるとこのようなことが起こる。

ようは、旧世代の薬でも、通常ならほとんどの症例で有効。
むしろキレが良いため、ズバッと効く。

しかし感染症で重要なのは、原因を除去すること。
原因が残っていれば、事あるごとに症状は再発する。

そしてこの患者さんのレントゲンには、真っ白に写った上顎洞があった。
強度の炎症所見だ

続きます