マウスピース番外編 首の牽引治療
40代後半男性。
全身に種々の障害あり。
私より少し年が上だが、非常に若く見える患者で、西武ライオンズのファン。
日ハムファンの私と、パリーグの話をおつきあいいただいており、シーズンともなれば来院が楽しみな患者である。
さて、この患者は開院して間もなく来院され、付き合いは長い。
最初は顎関節症のため、加藤耳鼻科から転院してきた。
耳の前が痛かったために、最初に耳鼻科を受診されたというわけだ。
顎関節症
顎関節症は、顎関節を構成する関節や筋肉の不具合で、痛みや開口障害、関節雑音を症状とする疾患の総称。
口を開閉するとコキコキ音がしたりするのは、その典型。
症状がひどいと、口が開閉できなくなったり、ひどい痛みがでたりする。
かくいう私も顎関節症持ちだったりする。
さて、この患者の顎関節症の症状は、開閉時のクリック音と、痛み。
最近痛みがひどくなったという。
典型的な症状であるが、原因はちょっと別のところにあった。
痛みの原因
この患者は、首の牽引治療をおこなっていた。
頸椎などの脊椎は、30個以上の円柱状の椎骨が重なって構成されており、椎骨間にはクッションの役割を持つ椎間板がある。
加齢などで椎骨や椎間板が変形したりすることで、神経を圧迫すると痛みやしびれ、運動障害がおこるようになる。
そこで首を引っ張って、椎骨や椎間板の圧迫を軽くしようというのが、牽引治療。
顎の下にロープをかけて引っ張るのだ。
下からの力は通常、上下の歯を介して頭蓋骨に伝わるはずである。
ところが、この患者の牽引角が、後方成分を含むベクトルであったらしく、下顎頭が関節窩を突き込むことになってしまった。
これが痛みの原因で、もともとあった関節雑音とは別の次元で顎関節症が発症していた。
治療
歯科医の立場から言えば、牽引治療の中止が望ましいところであるが、できれば中止せずに頸椎の不具合を治したいところ。
であれば、下顎頭の、関節窩への突き込みを止めてやればよい。
それにはどうするか、臼歯部に何か咬ませるのである。
首を牽引された時のの顎関節
牽引時拡大
臼歯部にものさしをはさむ
顎関節は関節窩から浮き上がる
このものさしに代わるものとして、厚めの樹脂でマウスピースをつくるのである。
顎関節へかかっていた力は、歯牙へ分散され、突き込みは解消する。
歯牙にまともにかかっていた力も、マウスピースの弾性で幾分か柔らかくなるといったメリットもある。
総論
首の牽引治療は、顎への負担が大きい治療。
その負担を軽減するのには、マウスピースの使用が非常に効果的。
牽引治療のみならず、顎関節症の原因が、下顎頭の関節窩への突き込みが原因であれば、マウスピースは効果がある。
補綴による咬合挙上ができないケースにおいては、簡便ながらも症状を寛解してくれるため、検討に値するだろう。
牽引治療と顎関節症 完