ある冬、成人式が終わって少しした寒い季節。
これも以前勤めていた医療法人でのはなし。

毎月メンテナンスに来院されている患者さんがいる。
80台前半女性、いたって健康。

入れ歯があわなくなったという。

入れ歯は12月にいれたばかり。
しかも精度の悪い保険の入れ歯ではない。
印象(型取り)の材料・方法からして根本的に違うAIデンチャー。
いまだに半世紀前の材料・技術で作られている保険の入れ歯と違い、AIは射出成型でつくられる。
扱えるドクターはごくごく一握り。
バッタ物は数あれど、本物は極めて高度な技量を要する。

射出成型といえば、自衛隊の最強戦闘機F2の炭素繊維複合強化材を一体成型する手法として採用された技法。
世界で初めて主翼を一体成型した技法である。
その技法を、AIは作成に用いている。

究極ともいえる精度で作成したAIデンチャー。
それがひと月やそこらで不適合となることは、ありえない。

口腔内を診ると、確かに適合していない。
あと、歯ぐきが炎症の所見を呈してないにもかかわらず、歯周ポケットから排膿がみられる。

医科には毎月通っている。
クリスマス前には、血液検査をしたばかり。
特に異常を示す所見はなかったとのこと。

この場合、通常であれば、抗生剤を投与し、入れ歯の不適合部分を調整して、経過をみるのが普通だろう。
しかし、AIデンチャーの調整は正月前に徹底的に追い込んだはず。
高額な保険外の入れ歯の調整は、その精度ゆえに比較にならないほどの労力を要するし、神経を使う。
それゆえ価格に見合うだけの性能を発揮するのだ。

だからこそ、この不適合は入れ歯以外の要素が介在していることを示していた。

とはいえ、人間の体はむくみなどで、数時間単位での歯ぐきの変化がおこり、入れ歯の不調を呈することはめずらしくない。
からだは、潮の満ち引きのように変化するもの。
一時的な入れ歯の不調はよくあることだ。

しかしながら、入れ歯の不適合と、排膿の様相が強烈な違和感を覚えさせた。
不思議な感覚だが、延髄をじかに触られたような、ぞっとするような感覚。
嫌な感覚だが、当たってほしくないこの感覚は割と当たりを引き当ててしまう。

下した診断は、重篤な全身疾患の疑い。

患者さんには、
少々引っかかるところがあります。
多分大丈夫だとは思いますが、この足でかかりつけの先生のところに行ってもらえますか。
向こうの先生にはお手紙書きますから。
もし検査もしてくれないようでしたら、こちらで信頼できる2次医療機関を紹介しましょう。
みたいなやり取りをして、診療を終了した。

続きます