少し暖かくなってきた3月も半ば、80代前半の男性が当院を受診した。
入れ歯があわないという。

口腔内をみて驚いた。
下顎前方に大きな潰瘍状の病変があり、入れ歯を押し上げている。

患者は無歯顎。
もともと臼歯のあった顎後方の骨吸収がひどく、総義歯の安定はもとより難しい。
以下にパノラマ写真を載せる

インプラント・前癌病変

病変の下にはインプラントがみえる。
あわない入れ歯とは、インプラントオーバーデンチャー。
歯槽骨に埋入したインプラントを入れ歯の固定元とする手法だ。

2年前、入れ歯で悩んでいたおり、何でも食べれると書いてあったホームページをみて治療に臨んだという。
市内の某インプラントセンター、ホームページは非常に立派。
埋入直後よりトラブル続き、最初こそ調整やら親切だったものの、次第にあしらわれるようになったという。
術前の話と違い、まともに食事ができない。

病変の様子はただ事ではない。

前癌病変

拡大

前癌病変拡大

潰瘍は球状の大小の腫瘤で形成され、排膿を伴う強度の炎症所見を示す。
義歯の内面と結合すべきインプラント上の構造物は腫瘤に深く埋もれ、一見何も見えない。
術医のもとでは抗生剤をだされ様子を見るとばかり言われたという。

これは重度のインプラント周囲炎。
ここまでのものは、私は見たことがない。
周りの細胞群は検査をするまでもなく、異形像を呈しているだろう。
経過観察などという次元はとうに過ぎ去っているのに。

そもそも、インプラントオーバーデンチャーであっても、補綴の原則からは逃れられない。
上顎が臼歯部のみ残存した状態では、前方のみ支台となるインプラントを打っても、すれ違い咬合となりかなりの不利。
前方のインプラント群を支点に、義歯の下顎後方は強く押し下げられる。
しかしそこには義歯を支える十分な骨がない。
かといって、前方のインプラントだけでは力学的に義歯を支持するのは全くの不可能。
さらには、下顎の臼歯部相当域は骨が極端に吸収されている、これは咀嚼だけで骨折を懸念しなくてはいけない状況。
上顎からは唯一残存している歯列からの咬合圧が強烈にかかってくる部位。
前方支持で目標の咬合力を達成できたとしても、最悪の事態を引き起こす可能性が極めて大きい。

年齢、口腔内の状況、すべてにおいてインプラントの適応外、というより禁忌症例に近い。
しかしながら、この悲惨な状況の後始末をつけなくてはならない。

インプラントの撤去を大阪歯科大学に依頼した。
果たして受けてくれるかどうか。
以前、やはり問題のあるインプラントの撤去を依頼したことがあった。
ところが、インプラントを埋入した歯科医院で面倒をみるべきだと、返されてきたことがあった。
どこの医療機関も訴訟の種になりかねない後始末など診たくはない。
こうやって、インプラントの後始末をしてもらえないインプラント難民が生まれる。
インプラントを打つドクターは、最後まで責任を負うべき、責任をとれないようなら打つ資格はない。

続きます