70代後半女性、体の不具合を訴え受診した。
左の耳あたりから、あごにかけて夕方以降になると痛む。
頭痛や肩こりも伴い、ひどいときには外出もできないという。
歯が原因かもしれないと来院された。

上顎は総義歯、下顎は前歯部のみ残存歯ありで部分床義歯を使用している。
作製してから1年ほど。
作製前にかなりの歯を喪失したらしい。

義歯内面には特に褥瘡を認めず、義歯はきちんと食事ができるという。
一見、義歯には何の問題もないようにみえる。

前医では何の問題もないといわれた。
整骨院にも通っているが、改善しない。
医科ではデパスを処方された。

デパスはチエノトリアゾロジアゼピン系の抗不安薬で、苦しさをやわらげたり、軽い筋弛緩作用がある。
かつてはベンゾジアゼピン系が主流だったが、今世紀に入り一気に広まった。
向精神薬に指定されていないのが不安なほどの薬物。
依存性があり、医科では一回処方するとお得意様になりやすい。
ある意味、非常にありがたい薬。
服用している患者の印象は、ぼうっとしていて、人生が薄められているような感じ。
喜怒哀楽が希薄な感じがする。
処方薬乱用のトップに来る薬物で、生活保護受給者が転売する薬として有名。
原因がよくわからないときに出しておく代表薬のひとつ。

咬合状態をチェックする。
上唇小帯、下唇小帯を確認する。
やはり、これだ。

上唇小帯、下唇小帯は唇をつなぎとめるように歯槽から出ているヒレのようなもの。
それが、ずれている。
下唇小帯が、上唇小帯に対して左に偏位している。

しかし、上顎の入れ歯の人口歯の位置は下顎残存歯の位置とあっている。
ご丁寧にも、上顎総義歯は上唇小帯を通す切り欠きを、義歯正中からずらして作成してある。
おそらくこれを作成した技工士さんは、歯科医師のとった型と咬合採得にあわせて一番見た目が自然なように人工歯を配列したのだろう。

つまりは、本来のあごの中心が生体の中心からずれてしまったのだ。
しかし、これをいれた歯科医師も、通法通りに作成したわけで、別に何か手順を間違えたわけではない。

では、いったいなぜこのようなことになったのか。

続きます