当院の問診票には全身疾患を記入する欄がある。
以前、初めて来院した患者が、こんなに問診票を書くのは嫌だ、歯だけ治療しろと言ってきたことがあった。
そこは記入していただけなければ、診療できませんといったところ、ならええわと出て行ってしまったことがった。

何も我々歯科医は不要な情報を記入させているのではない。
全身疾患は時として、歯科治療が命にかかわることもある。

今回は、心疾患の中でも歯科とのかかわりが非常に強い感染性心内膜炎について。
感染性心内膜炎は、細菌が心臓の心内膜に感染し、病巣を作った状態。
健全な健康状態では起こらないが、先天性心疾患や弁膜症の既往がある場合は注意を要する。
他には、糖尿病、肝硬変、腎疾患、ステロイド剤服用患者など。
その病態は、致死性が高く、自然治癒は見込めない。
その原因は、歯科治療における血中への細菌の流入が大きく関係する。

心臓の内面は、薄い心内膜と呼ばれる膜で覆われている。
先天性心疾患や弁膜症の既往のある患者は、血流の乱れなどの心内膜を傷つける要因を有している場合がある。
血流の乱れなどで心内膜が傷つくと、修復のため血中のフィブリンと血小板が創面で凝固する。
体外でこれができると、かさぶた。
ここに細菌が付着し、増殖して病巣を形成したのが心内膜炎。

心内膜炎は深刻な合併症をきたす。
多いのが心不全と、心臓や脳神経への梗塞。
それぞれ20~40%の頻度で発生する。
特に心不全は内科的治療では予後が悪く、心臓外科手術を要する。

感染性心内膜炎の原因の実に約3割は歯科治療。
心内膜炎は急性と亜急性があり、歯科との関わりがあるのは後者。
感染後2~4週後に発症する。
そのため歯科治療との関連に気づかない場合が多い。

心内膜が傷ついた状態で、歯科治療において血中に細菌が流入するとおこる。
原因菌は、連鎖球菌族とブドウ球菌族。
特に連鎖球菌の頻度が高い。
連鎖球菌は、歯垢の成分のひとつであるデキストランを産生するため、創面の血液凝固部位に付着しやすいため。

そのため、抜歯などの外科処置や歯石除去などの歯周処置、麻酔による穿刺のは注意を要する。
感染性心内膜炎へのリスクが高い場合には緊急を要する処置意外は可能な限り避ける。
避けられない場合は、予防投薬をおこなう。

ここで最も注意を要するのが、抗菌薬の選択。
私は歯科治療が原因の感染性心内膜炎は、歯科医師が抗菌薬の選択を間違えていることに大きな原因があると考えている。
使用すべき抗菌薬は、アモキシシリン、代表薬はサワシリン。
古い薬だと馬鹿にして、用意もしていない歯科医師のなんと多いことか。
アモキシシリンが使えない場合は、クリンダマイシン。

アモキシシリン(サワシリン)

アモキシシリン

 

抗菌薬の効果を示す指標にMICがある。
MICとは最小発育阻止濃度の英略語。
MIC90とは、90%の細菌の発育阻止をできる薬品濃度。

歯科医師の予防投薬で多いのが、比較的新しく抗菌スペクトルの広いフロモックス。
しかしながら、フロモックスでは役不足。
主な感染菌の連鎖球菌へのMIC、アモキシシリンはMIC90、MIC50ともにフロモックスの7分の1。
つまりフロモックスがアモキシシリンと同じ効果を得ようとするなら、7倍の血中濃度が必要。
しかも、フロモックスは吸収が悪く血中濃度が上がりにくい。
アモキシシリンはフロモックスの約3倍の血中濃度に達する。

そのため、日本循環器学会は感染性心内膜炎が懸念される場合の術前投与は、アモキシシリンを定めている。
しかしながら、このガイドラインに沿って予防投薬をおこなっている歯科医師は数パーセントにすぎないという。
薬理動態を理解せず、MRのすすめにのって薬科の高い薬を使用している医師・歯科医師が多い。(アモキシシリンの薬価は不当に安い)
耐性菌についても、十分な理解をしていないためこのような抗菌薬の選択をおこなうのだろう。
抗菌スペクトルの広さは、効果の高さではない。
歯科医師とはいえ、基本に立ち返り正しい薬理を勉強すべきだ。