80代前半男性、入れ歯の痛みで来院した。
口腔内は真っ赤に腫れている。
年期の入った総義歯の入っている下顎のみならず、上顎の口蓋後方まで。
口中がやけどのように痛いという。
先日、内科に風邪をひいてかかった際、口内炎の薬をもらったが、ひどくなる一方とのこと。
ついには口中に痛みが広がったという。
この痛みの正体は、カビ。
カンジダ菌という。
口腔内や、女性器中でごく普通にみられる常在菌の一種。
普通に生活している分には問題を起こさない。
ではいったいなぜこのようなことになったのか。
まず、内科でもらった風邪薬。
ニューキノロンであるクラビットを服用していた。
クラビットはメーカーがハイパーキノロンと自ら謳うほど抗菌スペクトルが広い。
つまり、様々な菌に広く効く。
ここが問題。
口腔や腸内は様々な菌がバランスを保って生活している。
抗菌薬等で、ある種の細菌が全滅するとそのバランスが崩れ生き残った別の菌が増えてしまう。
これを菌交代減少という。
抗生剤と一緒にビオフェルミンを処方される場合があるのは、薬剤耐性乳酸菌で人工的に菌を補てんするためだ。
クラビットは強力。
本来であれば、このような薬はこの薬しか効かないものや、原因菌を特定している時間がないときなど、いざというときのために温存しておきたい薬。
抗菌スペクトルの狭い薬で狙い撃ちし、外せば別のスペクトルの狭い薬を使うというのが王道。
日頃から、このような使用法をしていては、耐性菌を誘導し、いざというときに効かなくなってしまう。
今回、カンジダ菌が大増殖をおこしてしまったのは、クラビットにより口腔内の常在菌が根こそぎ刈られてしまったため。
カンジダ菌はカビ、抗生剤が効かない。
競合相手のいなくなったカンジダ菌は、この世の春とばかりに増殖した。
さらに、口内炎の薬が追い打ちをかけた。
口内炎の薬の正体は、実はステロイド。
免疫抑制剤の一種でもある。
それを義歯内面に塗りこんだのだからたまらない。
保険の義歯には目に見えない無数の小孔があいている。
ここは細菌の格好の隠れ家。
高度な滅菌のできない保険義歯で、なおかつ経年劣化の激しいものなら、なおさらだ。
結果、爆発的に増殖したカンジダ菌は、口腔内全体に炎症をもたらした。
治療には、ミコナゾール製剤を使う。
義歯はカンジダ菌を溶解する洗浄剤で清掃をおこなうようにした。
1週間ほどで寛解。
ミコナゾール製剤
カンジダ溶解義歯洗浄剤 ロート ピカ
医師は口腔疾患に明るくないこともある。
抗菌薬の使い方一つで、全く別の疾患を呼び込んでしまうこともあるのだ。
カビと入歯 完