歯はのびる
先日抜歯をおこなった患者。
抜く前に抜歯予定歯牙を残根上にしてから抜歯をおこなった。
その後、しばらく入れ歯を入れない日々が続いた。
久々に入れると、前方に残存歯が押されて痛いという。
口腔内で入れ歯を入れると、なるほど入れ歯がきっちりおさまらない。
無理やり入れると痛みがでる。
これは、抜いた歯の隣接歯が、抜いた歯の方向に倒れてしまったためだ。
その場は、入れ歯自体をルーズにすることによって、再び入るようにした。
歯の移動
歯は骨とは直接くっついてはおらず、歯根膜と呼ばれる部位で繊維によって歯と結びついている。
歯がきれいに抜けてくるのは、この歯根膜の部分で切り離すためだ。
繊維で結びついているがゆえに、歯は健康な状態でも若干の動揺がある。
この動揺を、生理的動揺といい、歯を支える骨への衝撃を緩和している。
この可逆的な動きのほかに、歯は移動という不可逆的な動きをとることもある。
例えば、持続的に弱い力が一方向にかかり続けると、歯は押された方向に移動していく。
押された側の歯槽骨が破骨細胞によって吸収され、反対側では増骨がおこるためである。
このような現象は、力がかかってから数十時間以内におこり、何カ月という単位で歯は大きく移動する。
この現象を利用したのが、他ならぬ歯科矯正。
空いたスペースへの歯の移動
抜けた歯を放置すると、空いたスペースに隣近所の歯が入り込んでくることがある。
抜いた横の歯が倒れこんできたり、かみ合う相手がいなくなった歯が、のびてくるのだ。
のびてくる、というのは、歯自体の長さが変わるのではなく、歯が垂直方向に移動するということ。
これを、挺出(ていしゅつ)という。
かめるようにきちんとかみ合わせを構築する、人間の生理作用のしくみだ。
個人差は大きく、何十年たっても移動しない人もいれば、週単位で大きく移動する人もある。
移動してしまうと、非常に厄介なことになる場合がある。
歯がさらに失われて、さて、入れ歯なしでは生活できない、となった時に入れ歯が入るスペースが無くなっていたりするのだ。
また、歯を失わないでも、のびた歯が引っかかって、水平方向に石臼をひくような咀嚼ができなくなる場合もある。
歯が並んでかみ合わせる面を咬合平面というが、これが失われると咀嚼に不具合をきたす。
挺出した歯牙。赤線の咬合平面よりかなり突出している
歯の移動の阻止
このような有害な歯の移動を防ぐために、失った歯の代わりに、周囲の歯の移動を防ぐ手だてが必要になる。
具体的には、歯の代わりになるインプラント、ブリッジ、入れ歯など。
たった一本失っただけなのに大げさなと、思うかもしれないが、大きな効果を発揮する。
挺出した歯を放置した結果、かみ合わせに入れ歯を入れる段になって、伸びた歯をつめて低くする、といったことは結構ある。
そのために神経を除去せざるを得なかったりし、結果として歯の寿命が短縮してしまうのが目に見えているというケースは非常に残念。
たとえ少数の歯牙の喪失であっても、将来のために何らかの手立てを講じることをおすすめする。