下顎の麻酔の切り札

麻酔がなかなか効かない場合がある。
治療したいけど麻酔がなかなか効かなくて、という経験のある方もおられるだろう。
条件によっては歯科麻酔は効きが悪い場合がある。
今回は、麻酔が効きづらい場合について解説する。

麻酔が効きづらい条件

歯は骨の中に位置する。
そのため、麻酔が効くには、粘膜にうった麻酔薬が骨を通過して、歯に届く必要がある。
このような通常の麻酔を、浸潤麻酔という。
骨を通過する必要があるため、骨密度は麻酔の効きにかかわる大きな要因。
骨密度が高ければ高いほど、麻酔は歯にまで到達しにくい。

小児や上顎は骨密度が低く、麻酔は簡単に到達できる。
ところが、壮健な男性の下顎ともなれば、なかなか大変。
咬合力に比例して骨密度は高くなる傾向にあるため、エラが張ったような人だと麻酔が効きづらく苦労することとなる。
パノラマレントゲン写真で見ると、頑強な男性の下顎骨は高い骨密度ゆえに白さが際立って見える。

炎症が強い場合

炎症が強く起きている場合も効きが悪い。
炎症部位は炎症性細胞の集積ならびに虚血状態のため、普通の酸素を用いた代謝系ではなく、解糖系の代謝が優位になる。
そのため代謝物質の乳酸などが蓄積し、酸性化がおこる。
対して局所麻酔薬はアルカリ性。
打った端から中和されて、効果が出ない。

閾値の上昇

神経が過敏になって、痛みを感じる最低刺激が低くなっている状態。
浸潤麻酔だけでは、効果が十分に得られない場合がある。

麻酔を効かすには

効かないからといっても、緊急時には四の五のいっているわけにはいかない。
何とか麻酔を効かせなくては、処置ができない。

消炎

炎症系が亢進している場合には、まずは鎮静をはかる。
大量の膿の滞留があれば、切開して排膿する。
抗生剤や消炎鎮痛剤で症状を軽くしてやれば、次回には通常通りの麻酔で十分な場合が多い。

直接根管内に注入

麻酔抜髄において、痛みの閾値が上昇していると、浸潤麻酔では効ききらない場合がある。
もし根管が一部でも露髄していれば、ここに直接麻酔を注入する。
打った瞬間はかなり痛いが、すぐに痛みを感じなくなる。
やむを得ない場合におこなうことがある。

麻酔を打つポイントをかえる

通常浸潤麻酔は、歯からみて頬側にうつ。
粘膜が可動領域となっており、打つときに圧迫感や痛みを感じにくいためだ。
ただし、通過すべき骨の厚みが大きい。
そこで、打つ時の不快感は大きいが、内側にもうつことで良好な麻酔効果が得られる。

歯根膜麻酔

歯槽骨への麻酔の浸潤が悪い場合などに、歯と歯ぐきの境目から麻酔を打つ方法。
歯と骨とを結び付けている歯根膜に、直接麻酔する。
非常に鋭敏な組織ゆえ、割と痛い。
また、打つ側も、強圧が要求され大変である。
専用の麻酔器や、電動麻酔器があれば比較的楽に打てるが、強圧に負けてアンプルが割れる場合がある。

下顎孔伝達麻酔

下顎臼歯部の麻酔が効きにくい位置の麻酔に、神経の上流で麻酔する方法。
専用の太くて長い注射針を、奥歯のさらに奥の行き止まりみたいなところから刺入し、下顎骨への神経の入り口に到達させて麻酔する。
テクニックが必要とされる麻酔で、あまり行う歯科医は少ないが、私はいざというときは多用する。
下流に位置するすべての部位が麻酔される。
私にとって、下顎における麻酔の切り札中の切り札。

下顎孔の入り口。ここに麻酔を効かせる。
下顎孔

麻酔をおこなう周辺には血管が通っており、ここに間違って麻酔を注入すると大変なことになることがある。
注入した麻酔薬が逆流し、脳血管へ入ってしまうと大変危険。
局所麻酔中毒で、興奮状態の後、けいれん・除脈を起こし、命にかかわる事態となりうる。
そのため、血管に注射針が入ってないか、一度注射をひいて、血液の逆流がないか調べる吸引テストが必須。

吸引テストができる注射器。円内のモリがゴム栓に刺さって逆引きができる
伝達麻酔

患部に炎症があっても関係なく効いてくれるので、非常に重宝する。
ただし、大臼歯部の頬側粘膜は麻酔が効かない。
支配神経が異なるためである。
それゆえ、この部分にのみ、浸潤麻酔をおこなう必要がある。

総論

麻酔が効きにくくても、処置が必要な場合は必ずある。
そんな時に、いかに麻酔を効かせるか。
麻酔の引き出しをたくさん持っていることが望ましい。