剛性の追求
60代男性。
クラスプ(金属バネ)が老けて見られることを主訴に来院。
左上5番以降の歯牙は喪失しており、どうやっても手前4番にクラスプをかけざるを得ない。
4番はどうやっても衆目にさらされる位置。
インプラントが嫌であれば、ノンクラスプ以外では解決できる手段はない。
上顎の歯牙の残存状態
模型上での歯牙の様子
設計
右上7番にも喪失がみられるため、両側にまたがる7567の両側性の設計が理想。
左右を剛性のあるメタルプレートで連結することで、しっかりと噛める義歯となる。
ところが、口蓋に構造がまたがるのが絶対嫌だとのこと。
右上7番は補綴から外し、片側処理とする。
左上5番がないことで、維持に使える歯は、前方の3と4。
45残存なら、入れ歯に対して直線的に並んだ前方歯群にウイング(樹脂製のバネ)をかけることで、入れ歯の沈み込みへの抵抗は十分得られる。
ところが前歯群は、後方歯群に対して直線的に並んでいないどころか、大きく向きを変える。
そのため入れ歯が沈み込む際の抵抗力が不足するのだ。
これを解決するには、AIデンチャーを手前の34にガチガチに固定を求めるしかない。
幸い、3番の豊隆(歯のふくらみ)は十分にある。
見えない舌側をメタルプレートで歯面に沿わせるように密着させ、見える舌側はウイングの厚みを多めにとって強い維持力を持たせた設計とする。
全てにおいて、剛性を優先させる構造とした。
このような構造とすることで、前方歯群への応力の一極集中を回避でき、負担を分散させることができる。
咬合採得
印象と同時に咬合採得でもよかったが、沈み込みの具合も確認したかったので、ろう提で咬合採得をおこなう。
咬合採得用の咬合床
試適
完成前に、歯牙のかみ合わせ具合と、ウイングの確認のため、仮樹脂での試適をおこなう。
ウイングの色がかなり歯ぐきとかけ離れてしまっている。
このようなケースでも、AIデンチャーであればクリアのウイングを使えるため問題とならない。
試適の様子。かなり目立つ
義歯完成
片側性の義歯としては、類を見ないほど堅牢な造りとなった。
男性の強い咬合力に対抗するため、樹脂部分も十分な厚みをとっている。
全体に高い剛性を持たせたため、調整用ワイヤーは不要と判断し、省略した。
完成したAIデンチャー
頬側からみたAIデンチャー。ウイングの厚みが見てとれる。
クリアのウイング。後方はピンクを用いている。
堅牢なメタルフレーム
口腔内でのAIデンチャー。全くといって良いほど目立たない。
総論
前方に強い固定源が得にくい症例であったが、義歯自体の剛性をあげるのと、ウイングの弾性を強化することで望んでいた諸元を満たすことができた。
かなり不利な残存歯の配置であったが、食事においては食べたいものを不自由なくお召し上がりいただける結果となった。
片側のみの設計も、快適さの点で申し分ないとのことである。
また、見た目においても、義歯と気づかれることのない審美性は、非常に喜ばれた。
今回の設計は、強靭な強度を誇るアルティメット樹脂を用いたAIデンチャーだからこそ、なしえたものである。
仮に他の樹脂で同じ設計をしても、すぐに破断するか、全く維持が効かずはずれてしまうだろう。
入れ歯の原則を踏み外すことなく、むしろ原則を強化して目的の性能を達成できるのは、AIデンチャー以外にはありえない。
剛性の追求 完