嘔吐反射を制する
40台後半女性。
左上後方大臼歯が保存不能となり、抜歯後、補綴が必要となった。
歯を抜けたまま放置すると、かみ合っていた下の歯がのびてきて(挺出という)、上の歯ぐきにあたることが多い。
他の歯がダメになって、いざ、大き目の入れ歯をつくろうとすると、入れ歯の入るスペースが無くなってしまうことになる。
入れ歯は、噛むためだけが目的ではないのだ。
上顎の残存歯列
補綴の障害
入れ歯を作成するにあたって、大きな問題があった。
少しでも口腔内に異物感を感じるとえずいてしまう、嘔吐反射。
保険の義歯では、口蓋をまたいで、反対側にまでクラスプ(金属バネ)をかけて、残存歯にかかる負担を分散する構造をとる。
ところが、その口蓋をまたぐ金属バーを受け付けないのだ。
歯牙への負担は非常に大きいが、保険のクラスプで片側構造をとると、欠損部位の前の歯から最低二本の歯牙にクラスプがかかる。
そのような構造をとると、確実にクラスプは見えてしまう。
これは絶対に困るということであった。
そもそも、保険のクラスプの片側構造など、ロクにかめる代物ではない。
見えないように、なおかつ嘔吐反射をおこさない。
これを満たす選択肢は、AIデンチャー。
AIデンチャーの設計
片側処理の義歯においては、手前の歯にレストと呼ばれるくぼみを設け、そこに金属製の義歯の耳のようなものをかけて、義歯にかかる力の一部を負担させる。
さらに、入れ歯の締め具合を調整するワイヤーを、前方の残存歯の間にスリット(溝)を設けて通す。
これにより、経年使用時で緩んできても、しめ直すことで即座に緩みを解消できる。
これは、Kデンタルの持つ実用新案。
AIデンチャー以外ではこの構造がないため、実用性において天と地ほどの差が出る。
模型上での残存歯
印象
シリコン印象材を用いて、個人トレーで印象する。
嘔吐反射があるため、キシロカインスプレー(表面麻酔薬)を口腔内に噴霧し、感覚を麻痺させる。
胃カメラを飲む前に飲む、のどのしびれ薬と成分は同じ。
吐き気を抑えるキシロカインスプレー
歯ぐきの色とのマッチング
試適の仮の樹脂では、歯ぐきの色とのミスマッチがひどい。
従来型のノンクラスプ義歯であれば、色に選択はきかず、このような見た目は避けられない。
AIデンチャーであれば、クリアがあるため、適用範囲が広がる。
試適の様子。歯ぐきとの色の差が大きい
完成したAIデンチャー
AIデンチャー側面観
上面から
調整用ワイヤー
AIデンチャー口腔内。クリアを用いたため、見た目の違和感が解消
総論
全体にクリアを多用することで、審美的な要求は解決できた。
見た目が損なわれず、大いに満足いただけた。
嘔吐反射の対策として、義歯の薄さを可能な限り薄く、周辺の歯肉に対して移行的にした。
これにより、嘔吐反射は出なくなった。
強靭なアルティメット樹脂だからこそできた処理である。
薄くしても、樹脂自体が壊れることはない。
調整用ワイヤーと、歯牙自体と広く面で接触するAIデンチャーは動揺が少なく、保険の両側にまたがる義歯と比べても、はるかによく噛める。
この義歯も、食べれないものはないとのこと。
この点でも、大いに喜ばれた。
AIデンチャーは、その強度から、違和感をぎりぎりまで減らせるよう薄くすることができる。
嘔吐反射が大きく、通常の義歯では入れられない症例でも、何とかなることがほとんどである。
材質と設計で、今までできなかったことが解決できるという点が、AIデンチャーの真骨頂である。
嘔吐反射を制する 完