北大に入る人 前編

祝日限定の北大シリーズ。
お盆は6日連続予定。
旧帝国大学の一角、北海道大学。
いったいどんな人が北大に入学しているのか。

受験戦争の神話

入学者実態

今も昔も、お受験熱の熱さは凄まじい。
小学校低学年から、果ては幼稚園まで留まるところを知らない。
そのようにしなければ、有名大学は通らないのか。

答えはNOだと私は思う。
有名私立から入ってくるのは、実際は一部にすぎない。
大部分は、公立高校出身。
それも大都会以外の地方出身。

なぜ、お受験組は弱いのか

大学が求める人物像

ここで、逆に大学がどのような学生が欲しいか考えてみよう。
大学は研究機関、旧帝大ともなれば世界と戦う知己を生み出すのが使命。
丸暗記しかできない人間は必要なく、求められる研究課題に最適解を導き出す戦略性を持った人間が求められる。
それを体現できる戦略性を持たなければ、受験が突破できないようになっている。

入試というトラップ

戦略がなければ、突破できない入試問題。
傾向こそ異なれど、旧帝大はだいたいそのような問題構成になっている。

北大の2次試験の問題構成は、6~7割が合格ライン。
いかに点数を取るのかではなく、解いてはいけない問題を避けていくのがポイントとなる。

例えば北大の数学。
全てを解けるだけの時間はない。
大問5つから構成されるが、だいたい二つ目に解いてはならない問題が入っている。
やみくもに突っ込んでいくと、確実に時間が足りなくなり、落ちる。

英語も私のころは、英作は難しく、リスニングは簡単。
英作は最低限点数を拾うようにして、他で可能な限り落とさないようにする。
分からない単語は出てきて当たり前、コツコツ何千も覚えるのではなく、前後の文脈から推測する習慣を訓練する。
そのかわり、問題として問われやすい文法は完璧にする。

過去問などで、どのような入試なのか傾向をつかんで戦略を立てていないと、通らない仕組みになっている。
戦略を立てていれば、出ない分野はハナから捨てれるので、有限の受験勉強の時間が有効に利用できる。
このようにしないと、入試の壁が抜けないようになっているのが面白いところ。

自分で考えない人は通らない

お受験組は、幼少のころから、出されたお題を解くことに終始している。
つまり、戦略を自分で立てない。
養鶏場の鶏のように、出された餌をただ食っているだけ。

対して北大が求めるのはただ知識を食って太った家畜ではない。
自分で考えて獲物を追い詰める、狼のような野生動物。
この場合の獲物は、知識ではなく、将来研究で得られる新しい知見である。

それゆえ、北大には、あれだけいたお受験組がふるい落とされている。
なぜ、お勉強ができた連中が落ちたのか。
お受験組は、頭が良くて勉強ができたわけではない。
単に、人より早くちょっと先のことを勉強してただけ、要は前借してただけの話。

実際に入学者は

私の場合

最初から北大にしか行かないと決めていた。
入るためにひたすら勉強せずに、いかに少ない勉強で入るかを研究した。
恐らく、私は誰よりも勉強量は少ないと思う。

勉強時間の三分の一は、傾向を調べどこをどれだけやれば良いかのリサーチに費やした。
受験前から、合格最低点から10点以内で合格するな、と確信していた。
そして実際そうなった。

周囲の人間は

まわりも、だいたいそのようなもの。
北大以外だったら、合格してないわー、という人がたくさんいた。

つまりは、多かれ少なかれ、北大に特化した受験対策をしてきたということ。
真面目が尊ばれるわけではなく、多少ずるがしこい目の要領の良い人間が求められるのである。

合格発表

続きます