即時充填治療の材料 その3

連休につき3回ほど話が別の方向にいってしまった。
今回は、即時充填の材料・グラスアイオノマーセメント。

グラスアイオノマーセメント修復

グラスアイオノマーとは

グラスアイオノマーは、虫歯で欠損した部分をその場で修復する白い材料。
ここまではレジンと同じ。
レジンが樹脂なのに対し、グラスアイオノマーはアミノシリケートガラスを主成分とした有機ガラスの一種である。

グラスアイオノマーは歴史が浅い、1969年にイギリスで開発された。
その後改良され、レジンとのコンポジット材料や、臼歯の咬合圧に耐える高強度充填用グラスアイオノマーセメントが開発される。

日本においては、グラスアイオノマーは割とマイナーな存在である。
保険治療という限られた時間で治療しなくてはならないことに加え、審美性ではややレジンに劣るため、日本の即時充填治療においてはレジンが主役となっている。
治療費の安さではなく、質が求められる外国ではその限りでなく、グラスアイオノマーは治療の選択肢の主役の一員である。

グラスアイオノマーこぼれ話

グラスアイオノマーセメントについて、どうしても書いておかねばならない話がある。
一人の偉大な歯医者について。

高強度充填用グラスアイオノマーセメントの最高峰にGC社のFujiⅨ(フジナイン)がある。
これはWHO(世界保健機構)がGCと共同開発したグラスアイオノマーセメント。
未開の国であろうが先進国であろうが、世界80か国以上で使い倒されている。
世界で一番使われている、グラスアイオノマーセメントである。

先進国で良好な成績が得られるのはもちろん、電気も回転切削器具も照射器もないところでも所定の性能を目標に開発された。
Ⅸというのは、実はWHOの開発コードネームから来ている。
Ⅸは、一桁数字の最後の数字。
つまり、あらゆる点でグラスアイオノマーの最終形態を目指して開発がすすめられた。

そして実際に開発したのは、元北大准教授の小松久憲先生。
私の大師匠でもある。
世界では、保存学の第一人者として有名。
腕はすごい、根管治療では無菌室に入る臓器移植患者の治療までやってのける。

先生にはずいぶん可愛がってもらっていた。
何年か前にも、私の医院に遊びに来てくださった。
今は退官されて、スキーだ車だ自転車だと自由奔放に楽しまれている。

小松先生とはしょっちゅう飲んでいた。
一度、飲みながら、フジナインの特許収入がすごいのではないかと、聞いたことがある。
そんなのあったら、俺は大金持ちだよとのこと。
世界のどこでも使えるように、特許料は一切受け取っていないらしい。

HIV(エイズウイルス)の新薬の特許を巡って、アメリカとフランスで凄まじい争いがあったりと、医薬の特許は生き馬の目を抜く世界だ。
特許そのものが製薬会社の生死を分ける世界だったりと、仁術からほど遠い。
いや、医は仁術という言葉自体が、世界の感覚からはずれているのかもしれない。
そんな中、小松先生は、世界の皆が少しでも助かるようにと、当たり前のように特許料を放棄しているのである。

どうも小松先生は、お金の欲の薄い人らしい。
先生の北大一期生として、医学部より難しい時代に入学。
当時、最も儲かる医者は歯医者だったころだ。
今のようにお金さえ積めば入れる三流歯科大のない時代。

開業すればとんでもなく儲かった時代でもあり、当時歯医者には税務署ではなく、マルサが来た。
それなのに先生は大学に残る。
大学の権力争いなぞどこ吹く風といった感じで、ひょうひょうと治療していた。
だからあいつはいい加減だ、という人間が多い中、実力を知っている身近な人間だけがすさまじく尊敬していた。
私もその一人。

世界の歯科医療の現場では無くてはならないFujiⅨ、その陰には一人の偉大な歯科医師がいる。
歯科医師として、この天才の存在をここに記したい。

小松准教授と美唄焼き鳥を食べる
グラスアイオノマーセメントの父

続きます