歯医者での型取りを、印象と呼ぶ。
セラミックであれ、銀歯であれ、入れ歯であれ、全て印象から作成されていく。
スキャナを使用した作成法もあるにはあるが、今のところは印象法には及ばないのが実情である。
いずれ印象法にとって代わる日も遠くはないだろう。

現在多く使われている印象の材料は大きく分けて二つ。
アルジネート印象材とシリコン印象材。
アルジネート印象材は低廉で、義歯の場合、保険診療の印象や、自費診療の本印象前のラフ印象に使う。
クラウンやインレーなどの修復物では、細部まで取り込めるよう、親水性に富んだ寒天印象材と組み合わせて使用する。

シリコン印象剤

シリコン印象剤

 

アルジネート印象材

アルジネート印象材

 

シリコン印象材は高額で、保険診療では使用することはない。
主に自費の入れ歯の印象に用いている。
寸法精度に非常に優れるが、親水性に乏しく歯肉内の細部再現性は難しい。
一部に親水基を付加したシリコン印象材もあるが、いろいろ実験したところ、ベースとなる疎水性シリコンとの間に離解が発生することがわかり、歯冠修復物では自費用の寒天印象材とアルジネートに分があると考えている。

印象の目的は、口腔内と同じ状況を印象し、石膏上に再現することである。
そのためには狂いを出す要素を徹底的に洗い出し、排除する必要がある。
歯医者になって修業時代、私はこの要素を徹底的に研究した。
その後、北九州の有名技工所、K-dentalの技術者とも理論をすりあわせ、現在の印象に至っている。
詳細は以下の通りとなる。

①精度を上げるためには、混水比を厳格に守ることが重要。
当院では均一に練和するための、割と高額な自動練和器がある。

自動練和器

歯科印象剤自動練和器

②印象に用いるトレーは、固くしっかりしたロックトレー、もしくは個人トレー。
口腔内からの撤去時に変形はおこるため、固いトレーは絶対。
手で曲げられるネットトレーもあるが、予備印象のみ可。
本印象では絶対に使用しない、変形する。
印象の撤去は、絶対にこじらず、歯牙方向に均一におこなう。

ネットトレー
印象時に狂いが出やすいので当院では本印象には用いない

歯科印象用ネットトレー

ロックトレー各種

歯科印象用ロックトレー全顎用

歯科印象用ロックトレー片顎用

個人トレー
個人の顎形態に合わせて作成される

歯科印象用個人トレー

③義歯の印象は、必要部位を確実にカバーする。
これがきちんとできている歯科医院は意外と少ない。
嘔吐反射がある場合は、キシロカインスプレー(表面麻酔)を用いてでも必要部位の印象をしっかりする。

キシロカインスプレー

表面麻酔スプレー

④唾液をしっかり排除する。
唾液は粘り気があり、印象表面を荒れさせる。
特に夏場の下顎の印象は、発汗のため粘り気のある唾液が多く要注意。
歯科医師になって間もないころ、私のとった印象のみ石膏模型の表面性状が、顕微鏡下でざらついていて原因究明に苦労した。
原因がわかるまで約2カ月、あらゆる可能性を探した記憶がある。

⑤印象時間はしっかり確保する。
当院で印象を受けた人は、よそより印象時間が長いことに気が付いた人も多いはず。
固まったら外す、では絶対に狂う。
単純なクラウン、インレーでは最低3分、ブリッジやアンレー、義歯、アンダーカットの多い部位では6分は必要。
この時間は、アルジネートでもシリコンでもかわらない。
これに時間をかけるかかけないかで、印象精度は格段にかわる。

⑥印象採得後、即保湿箱で保存、離水(乾燥)による変形を防ぐ。
石膏を流した後も、石膏が完全硬化するまでは保湿箱に保存し続けることが大切。
石膏を流してそこらに放置する医院もあるが、これはいけない。

⑦しっかりと止血して印象する。
出血下では、印象材がはじかれて細部まで印象採得できない。
ボスミンや(アドレナリン)やアストリンジェントなどで根気よく止血するのが必須。

⑧当たり前のことであるが、狙ったとこまでしっかりと印象できるまで、あきらめない。
例え回数がかかっても、印象できてなければ意味がなく、結局完成後やり直しとなるから。
実はこれができている医院は、ほとんどないといって良い。
やりたくてもできないのが、実情だろう。
印象に手間取ると、チェアと人員が丸々一台分取られてしまう。
そうすると、ほとんどの歯科医院は予約制なので、診療がストップする。
要は回らなくなるのだ。
そのため、私は医院開設にあたり、チェアの数を通常の医院の倍にした。
スタッフにも余裕を持たせてある。
これにより、確実に満足のいく印象をとれるような体制にしてある。
何度も印象される患者はたまったものではないとは思うが、これはゆずれない。

⑨印象に流す石膏は、高品質のものを選ぶこと。
当院では、コストはかかるが、義歯では硬石膏(義歯の材料のレジンとの親和性のため)、歯冠補綴物やインレー、対合模型は超硬石膏(茶色が多い)を用いている。
これは、作業中に欠けてしまったり、摩耗したりを防ぐため。
普通の歯科医院では、対合模型が普通石膏(白色が多い)、本印象が硬石膏(黄色やピンクが多い)が多いだろう。
ひどいと安い普通石膏を本印象に使用している場合すらある。

硬石膏

硬石膏

超硬石膏

超硬石膏

なぜここまで印象にこだわるのか。
これは、実は患者のためだけではない。
適当な印象で再製となると、失敗した印象のコスト、人件費、やりなおしの時間で診られた患者の治療費(機会損失)は完全にロスとなる。
当院でこれが発生すると、技工料を除いても約5,500円のロス。
これを保険治療で取り返そうとすると容易ではない。
つまり、材料などでちまちまケチっても、再製となると一気に吹っ飛んでしまう。
いかに再製を少なくするかというのは、健全な医院経営において王道。
工業製品でいうところの、歩留まりを上げる、という発想そのものである。
これに気付かず技工士のせいにしている歯科医師のなんと多いことか。

正確な印象の試みの結果、当院の技工物の再製は、年間10個以下。
それすらも、徹底的に原因を追究する。
再製率は1%を大きく割り込む。
当院には多くの患者がいらっしゃるので、これは驚異の数字といって良い。
通常の歯科医院では再製はだいたいうまいところで週1個、まずいと毎日だろう。

きちんとした治療は、人のためのみならず。
特に印象は、それがはっきり出るところである。

型取りの大切さ 完