抗菌薬を選ぶとき、医者が参考にするものの中に、抗菌スペクトル表というものがある。
これは、どの細菌にはどの抗菌薬が効くかというのを表にしたもの。

 

抗菌スペクトル表(一部抜粋・抗菌薬適正使用マニュアル/京都私立病院協会編より)

抗菌スペクトル表

 

例えば、親知らずの腫れで来院した患者に投与する薬剤を探すとする。
抗菌スペクトル表をみて、広く色々な細菌に効く薬剤と、限局的にしか効かない薬剤、どちらを選択するか。
答えは、後者。

抗菌薬は、感染症の原因になっている菌のみをたたき、ほかの菌をできるだけ殺さないのが望ましい。
抗菌スペクトルの広い菌、つまりたくさんの種類の細菌を殺すと有用な細菌まで殺してしまう。
例えば腸管内では、様々な細菌が細菌叢を形成し腸内環境のバランスをとっている。
ところが、目的の菌以外の細菌を多く殺してしまうと、抗生剤の効かない細菌のみが生き残り、下痢の原因となってしまう。
他にも、口腔内や膣内の細菌叢を壊してしまうと、通常の抗菌剤の効かないカビの一種であるカンジダ菌が大増殖をおこし、膣のかゆみや口腔内の焼けつくような痛みが出る。
このように細菌叢があるべき状態から、別の菌にとってかわられることを菌交代といい、様々な障害を引き起こす。
歯科でも義歯カンジダは頻繫に目にする。

また、耐性菌の出現も問題だ。
これは耐性菌が新たに生まれるというより、既存の菌が耐性株に置き換わること。
スペクトルが広いということは、広い範囲で菌を死滅させる。
すると、抗菌剤にスペクトルを持たない細菌と、本来スペクトルに感受性を示すが耐性を持つ細菌が生き残ることになる。
広い範囲の抗菌剤では、より多くの種類の耐性菌に置き換わって、からだに定着してしまうこととなる。
そして、体の抵抗力が低下したときなどに、感染症として発症すると、本来効いてくれるはずの抗菌薬が効きにくく、治療が難しくなる。

そもそも、抗菌スペクトルの広さ = 抗菌力の強さ ではない。
歯科で広いスペクトルを持つフロモックスは、狭いスペクトルのサワシリンに比べキレが悪い。
サワシリンの方が、スペクトルは狭くても、血中濃度が格段に高くなるからだ。
いうなれば、広く狙えるが低威力の散弾銃と、熊でも倒せるが狙いの狭いライフルのようなイメージ。
ただし、狙う細菌を絞り込めていれば、最高の威力で戦える。 

本来、広いスペクトルを持つ抗菌薬は、重症の感染症の治療のスタートアップ時にドカンと使うべきもの。
重症の感染症では、いちいち起因菌を特定している暇はないからだ。
とりあえず何にでも効く抗菌薬で少しでも時間を稼ぐ。

細菌治療は、有限の切り札を上手に使うこと。
弱いカードで倒せる相手には、倒せるギリギリのカードで倒すのが望ましい。
そして強いカードは、強いカードでしか倒せない相手に使うこと。
現在の歯科治療では、不当に強いカードで弱い相手をたたいている。
これは、将来生きるか死ぬかの強力な感染症に対して、使うべきカードを使い果たしていってるということ。
実際、これは院内感染の死亡などで大問題となっている。

続きます