歯が溶ける

歯が無くなる要因は、色々だ。
虫歯や歯周病はもちろん、外傷や咬耗など多岐にわたる。
その中のひとつに、酸で歯が溶けてしまうことがある。

光沢のある歯

20代後半女性。
右上1番が、歯磨きの時にピリピリすると来院。
出産のため、しばらく来院が途絶えていた患者だ。
問題の歯牙を診るが、特にう蝕などは見られない。

しかし、診察していて、妙なことに気付いた。
左右の前歯の裏全体が、テカっているのだ。
ニスか何かでコーティングしたような光沢感。
これは、酸蝕歯だ。

咬耗であれば、あたりのあるところのみがピカピカに滑沢な平面が形成される。
酸蝕は、曲面を含めて光沢が出る。

酸蝕歯の鏡像写真。赤い点は、咬合紙による咬合接触している箇所
酸蝕歯

私も歯医者になってから、目にするのは、まだ2度目のレア物である。
了承を得て写真を撮りまくってしまった。

酸蝕症とは

酸蝕症とは、細菌がつくりだす以外の酸による、歯の損傷。
通常、唾液には酸の作用をやわらげる緩衝能と、ハイドロキシアパタイトによる歯の再石灰化の作用がある。
平たく言うと、酸があっても一方的に溶かされっぱなしではなく、酸をおさえて、元に戻す作用があるということ。
それらをこえる酸にさらされ続けると、歯は酸により溶かされ始める。
こうして、エナメル質の損傷を主とする酸蝕症がおこる。

酸蝕症の原因

原因は言うまでもなく酸である。
その酸がどこからやってくるかで、いくつかに分類できる。

ひとつは、職業性。
メッキ工場など、酸を扱う業種に勤務している場合におこる。

二つめは、酸性飲料・食物の過剰摂取。
炭酸飲料や柑橘類は思う以上に酸性がきつい。
近年多いと報告があるのは、健康のために酢の飲料を飲むこと。
スーパーの棚には、多くの種類の黒酢飲料の原液が並んでいる。
健康のために飲むのであれば、飲んだ後、別の飲料を飲むなり、ゆすぐなりしなければ本末転倒になってしまう。

三つめは、胃酸。
胃酸は、極めて高い酸性。
拒食症などで嘔吐の習慣がある場合、前歯の裏側に酸蝕症がみられることが多い。

この患者の場合

今回の症例は三つ目の胃酸が原因だと推測した。
上顎の前歯の裏側に顕著な酸蝕がみられたからだ。

しかし、特にやせているわけではなく、拒食症ではなさそう。
確認したが、特にそのようなことはないという。

ここで思い出してもらいたいのが、出産後だということ。
妊娠時の状況を聞くと、吐きつわりがひどく、食べては吐いていた、とのこと。
間違いない、これが原因だ。
つわりが原因で、酸蝕になり、歯磨きの時に刺激がでたのだ。

対策

酸蝕症は、対症療法ではなく、原因を突き止めて根本から対策することが鉄則。
しかし、この患者の場合は、出産を終えてすでに原因はなくなっている。
ゆえに、経過観察が妥当。
刺激が気になるようであれば、知覚過敏処置ぐらいで十分だろう。

酸蝕症 完