難しい薬剤アレルギー

50代女性。
右上臼歯群の歯周病による動揺を主訴に来院。
右上4、6は保存不能で、特に右上6番は上顎洞粘膜に達する病巣の拡大がみられ、早めの抜歯が望ましい状態であった。
問題は、問診欄。
ケフラールにアレルギーがある。
過去二回の服用で、二回とも呼吸困難。
典型的なⅠ型アレルギーの所見。

Ⅰ型アレルギー

Ⅰ型アレルギーは、アレルギーの中でも最も恐ろしい。
アレルギーの原因となるものを、抗原という。
抗原暴露後、数分から数時間で発症し、即時型アレルギーと呼ばれる。
じんましんや血管浮腫などの皮膚症状が典型的で、血管透過性が亢進するため咽頭周りで症状がおこると、呼吸困難をきたす。
最重症型は、アナフィラキシー。
毎年ハチで命を落とす方がおられるが、このアナフィラキシーによるものだ。

アナフィラキシー

アナフィラキシーをおこしてしまったら、救急車すら間に合わない場合が多々ある。
症状が出て呼吸困難などになったら、救急による気道確保前に呼吸ができなくなる。
唯一に近い特効薬は、アドレナリンの筋注。
そのため、アナフィラキシーの恐れのある人や、一部の学校などには素人でも打てるアドレナリン注射器・エピペンが用意されている。
当院では、プロ用のアドレナリンカートリッジの用意があり、不測の事態に備えている。

個人で使用できるエピペン
エピペン

医療関係者が使用するアドレナリンのプレフィルドカートリッジ
アドレナリン・プレフィルドシリンジ

抗生剤の選択

さて、患者の抜歯にあたり、抗生剤の選択が必要。

ペニシリン系とβラクタム系

ケフラールは、セファクロルという第二世代セフェム。
ペニシリン同様、βラクタム環という構造を持つ抗生物質の一種である。
ちなみに、アレルギーの抗原になるのは、ラクタム環にくっついている側鎖(とくにR側鎖)と呼ばれる部分が大いに関係する。
この側鎖の違いが、薬の違いになり、アレルギーの出た薬剤に似ていれば似ているほど、アレルギーも出やすくなる。
つまり、この部分が大きく違うものを選択すれば、安全性は増すというわけ。

βラクタム環を持つ抗生剤は、現在用いられている薬のファーストチョイス。
おおまかに、ペニシリン系とセファロスポリン系の二つに分類される。
この二つの系統は、いとこ同士ぐらいの距離感。

第三世代セフェムのトミロン
第三世代セフェム

ペニシリン系ではアレルギーが出ても、セファロスポリン系では大丈夫という場合も多く、薬剤によっては代替薬として使用できる。
逆もまた可で、お互いを補完できる場合が多い。

問題のセファクロルであるが、セファロスポリン系に属するが、側鎖の構造はペニシリン系に似かよっている。
つまり、セファクロルでアレルギーがあれば、ペニシリン系は原則禁忌。
ところが困ったことにセファクロルは、セファロスポリン系の第3世代セフェム、第4世代セフェムとも構造が類似している部分を持つ。
そのため、これらの薬剤も禁忌となってしまう。
セファクロルは構造的に、ペニシリン系とセファロスポリン系の中間に位置するのだ。

使える抗生剤

このような理由で、ペニシリン系とβラクタム系共に使えない。
ただし、患者が過去に服用して異常がみられなかった抗生物質は使用可能。
ところが、患者は過去にこれらの抗生物質の既往がなかった。

この場合、一般的に選択できる抗生物質は、キノロン系とマクロライド系。
マクロライド系は、耐性菌を非常に誘導しやすく、できれば使いたくない。
そうゆうわけで、キノロンの一種、オフロキサシンを選択する。
普段であれば、抗菌スペクトルの広いキノロンは選択することはない。
目的以外の多様な菌までたたくのは、望ましくないからだ。(詳しくはこちら。とっても長いです)

今回使用したオフロキサシンのタツミキシン
オフロキサシン

抜歯

念には念を入れて、抜歯前に服用してもらう。
何かあっても、当院では対応可能。
アドレナリン注射も、酸素もある。
患者は何事もなく、抜歯を終えた。

ケフラールは小児にも使用する、安全性の非常に高い抗生剤だが、アレルギーがある場合には難しくなる薬でもある。
ちなみに非常に残念なことに、私はこの薬にアレルギーがある。
服用しようものなら、じんましんがでて困ったことになるのだ。