鎮痛剤の歴史 後編

17世紀より前の鎮痛剤は、麻薬など多分に経験的なものの積み重ねの上から生まれてきた。
その後、近代医学が徐々に発達するにつれ、痛みに対するアプローチは科学的になってくる。
そして17世紀以降、ついに我々が利用している鎮痛薬の起源というべきものが産声をあげる。

とはいえ、最初に発達したのはむしろ麻酔薬であった。
エーテルやクロロホルム、コカインなど神経に作用する薬品が外科処置用に開発され、ゆっくりとだが進化を続ける。
その一方で痛みの機序に対する知見も進んでいった。
そして18世紀半ば、アスピリンの原型となるものが姿を現す。

アスピリン

アスピリンは近代以降、最も使用されている薬品。
今もなお、抗血小板薬として血をサラサラにするために、脳血管障害や循環器障害の患者に常時投与がおこなわれている。
その起源は、はるか紀元前にまでさかのぼる。
その成分が、柳の樹皮に含まれていたためである。

17世紀半ば、マラリヤの特効薬であったキニーネ製造の原料のキナ皮は高価であった。
代わりに、柳の樹皮を使ったところ、解熱作用が認められた。
その後18世紀に入り、精製とまではいかないが結晶化に成功し、サリシンと名付けられた。
ところが柳の樹皮の製薬も、サリシンも苦くて飲めたものではなかった。

アセチルサリチル酸の発見

その後、サリシンからサリチル酸が精製されたが、胃腸障害の副作用が強かった。
そこで分子構造を解明し、副作用を抑えて合成されたのが、アセチルサリチル酸。
もっとも使われている鎮痛薬は、人類がはじめて合成に成功した薬でもあった。

アスピリンは、実は商品名。
アセチルサリチル酸の合成に成功し、販売をしたドイツのバイエル社の登録商標。
ところが解熱鎮痛剤の代名詞として有名になりすぎたバイエルアスピリンの名は、一次世界大戦の賠償として没収される。
バイエル社が、バイエルアスピリンの名を取り返したのは、何と1990年代になってからである。

アスピリンのその後

アスピリンの作用機序が解明されたのは、1970年代になってから。
その作用機序を利用した類似薬は、非ステロイド系抗炎症薬(Nsaid)として解熱鎮痛剤の主役。
現在の日本では、鎮痛剤はロキソニンなどにとって代わられているが、いまだにバファリンとして販売されている。
現在の主たる用途は、先に述べた抗血小板作用。
毎日服用でも、問題がない。
まだまだアスピリンの活躍は続く。

アセトアミノフェン

身近な解熱鎮痛剤として、アスピリンに次ぐのは、アセトアミノフェン。
カロナールという小児の解熱鎮痛剤として有名。
ただし、炎症を抑える効果はない。

事の発端は、アセトアニリドを寄生虫患者に間違えて処方されてしまったことによる。
熱まで下げてしまったことから、アセトアニリドに解熱作用があることがわかった。

アセトアニリドは毒性が強かったため、研究がすすめられ、1950年ごろ代謝物である安全なアセトアミノフェンが開発された。
現在もノーシンや総合感冒薬に、広く用いられている。
ガンの疼痛緩和にも利用されているほど、用途は広い。

総合感冒薬で有名なPL顆粒。成分にアセトアミノフェンが記載されている

歴史総論

現代において、多くの痛みは薬によって緩和することができる。
かつては、麻薬やアルカロイドに頼っていた時代もあり、その服用リスクは高かった。
しかし、抗生物質と並ぶ発明であるアスピリンの発見により、現代の我々は安全に痛みを緩和できる。
先人たちの努力に感謝してもしきれない。