究極の名を冠する入れ歯

通常の樹脂をはるかに凌駕する材質。
AIデンチャー作成の技法を手に入れるため九州に行ったとき、私はまだその凄さに気付いていなかった。

AIデンチャーの材料

AIデンチャーに用いられる樹脂は、非結晶性アルティメット樹脂という。
従来型ノンクラスプの樹脂は、結晶性樹脂。
結晶構造を持つ樹脂は、力がかかるとその結晶構造が破壊されていき、劣化や変形、破断がおきる。
そのため、従来型のノンクラスプは、長期間の使用に耐えられないという致命的な欠点があった。
非結晶性樹脂は、ペットボトルが車にひかれてもバラバラに壊れないのと同じ構造を持つ。
結晶性樹脂に比べると、けた外れの強度を持つのだ。

その強度は、従来型ノンクラスプに使われている樹脂の中でも、割と強度のあるポリカーボネートの十数倍。
ポリカーボネートでも、ジェット戦闘機の風防に使われるほど強度がある。
その強度でも、アルティメット樹脂からすれば、数パーセントにしかならない。

さらにアルティメットは、耐化学性、耐熱性にも優れているうえ、色も歯ぐきと同じピンクや透明まである。
射出成型で作成されるために、制度に優れ、もし歯ぐきが痩せても再度必要部分にのみ射出成型ができる。

何から何まで新しい材料だが、非常に高額。
何とグラム当たりの単価が、銀より高い。
加工も考えると、ずっと高くつく。

義歯作成

ともあれ、この材料で義歯をつくることにした。
両側の臼歯部が失われた症例なので、左右を薄く強度に優れるドイツ製のウィロニウム合金で連結する。
保険のレジンなら数ミリの厚さが必要だが、わずか0.2ミリで十分な強度・剛性が得られる。
歯牙への固定は、アルティメット樹脂によるウイング(金属ならクラスプというバネにあたる)と、目立たない位置に設けられた金属製のレスト。
入れ歯の原則からはずれない、あるべき設計での補綴ができる。

かくして、入れ歯は完成した。
見た目も満足のいくもので、たいそう喜ばれた。

予想外だった咬合力

さて、次の日、患者が話したいことがあると受付に来られた。
何かトラブルかな、と心配になる。
はじめてのノンクラスプだ、何が起こっても不思議ではない。

受付に顔を出すと、「先生、10年ぶりにタクアンが食べれた!」とのこと。
嬉しすぎていてもたってもいられなくなり、来院されたのだ。
お礼になぜか、タクアンではない漬物をいただいた。

噛めるようになったのは、入れ歯の持つ高い剛性と、それを歯牙に無理の無い力でしっかり維持できる、アルティメットのウイングによるものだった。
ウイングにかからない歯の歯頸部に歯車のように噛ませてある、ウィロニウムのプレートも入れ歯の水平方向の動揺を完全に殺していた。
単に審美的な目的から入れたAIデンチャーは、咬合という機能において、無類の性能を持っていたのだ。

その後、AIデンチャーの性能に気付いた私は、審美目的というより、噛むという能力を発揮させるため症例数を増やしていった。
まだ開発されて間もなかったAIの改良は、Kデンタルとの細かいやり取りでずいぶん行った。
私が必死で学んだコーヌスクローネデンチャー(二重かぶせによる固定入歯)は、価格と審美性、そしてメンテナンスの難しさから完全にAIデンチャーにとってかわられた。

AIデンチャーのサンプル模型
AIデンチャーサンプル

技術の革新

AIデンチャーを手掛けるようになってからもう7年以上がたつが、いまだ入れ歯自体の不具合からトラブルが起きた症例はない。
金属部が壊れることはあっても、レーザー溶接で修理できるし、歯ぐきが痩せれば、射出成型によってふたたびピッタリに適合できる。

このような入れ歯ができるようになったのは、材料工学の進歩に他ならない。
工学の進歩は、時として大きな革命をもたらす。
ブラウン管から液晶テレビ、バッテリーの発達による携帯電話、高度CPUによるコンピューターの進歩など枚挙にいとまはない。

ただ、この入れ歯があまり広まらないにはワケがある。
アルティメット樹脂を開発したメーカーは、歯科分野においては樹脂を卸す技工所を極端に制限している。
その数、わずか10件ほど。
アルティメットの評判を落とされたくないため、極めて高い技術を持つ技工所に限定している。
当然、技工所も、扱える歯科医を絞っている。
関西で、AIデンチャーを扱う歯科医は、たった4人だけ。
うち一人は、私の弟弟子。
それゆえ、私も適当にAIを入れることはない。

究極の義歯

AIデンチャーの名の由来は、アルティメット・イノベーションの略。
アルティメットは、究極。
イノベーションは、技術革新。
ひとつの材料がもたらす、究極の入れ歯のひとつだと思っている。

AIデンチャー事始め 完