入れ歯を入れないと

70代男性。
最近、前歯が出てきたという。
歯科にかかるのは、4年ぶり。
食事以外の時は、不快なのでできるだけ入れ歯を入れないようにしているという。

かみ合わせの状態

口腔内を診ると、なるほど前歯が突出してきている。
入れ歯の状態は、かなり低め。
保険適用の部分義歯。
歯周炎により歯槽骨の吸収は進んでおり、重度の歯周病レベル。

突き出てきた前歯
前歯部の上方傾斜

なぜ前歯が出てきたのか

臼歯の喪失

この患者は臼歯部の歯牙が喪失していた。
人間の歯は、咬合力の力の7割を臼歯部が支えるといわれている。
特に第一大臼歯は、20代男性で平均60キロ、最大で100キロほどの力をかみしめた時に受ける。
これらの歯牙の喪失は、前歯部でその咬合力を負担することになる。

前歯部の歯牙形態

前歯は歯の根が、大根のように一本のような形態。
対して臼歯部は複数の歯の根で構成されているものが多い。
歯牙の受ける咬合力は、歯牙の歯根膜の面積に比例する。
つまり、単純な形態の前歯は歯根膜の面積が小さいゆえに、受けれる咬合力が小さい。

力の負担方向

歯の力を受けれる方向は、下方には極めて強く、側方に弱い、上方には極めて弱い。
つまり、側面方向への力がかかり続けると、歯は側方に倒れこんでいく。

歯が受けれる力の方向
歯の力の負担方向

突き上げられた前歯

前歯部では、下の歯の前上方に、前歯が咬合している。
つまり、前歯に過大な力がかかると、上の歯は下の歯から突き上げを受け、側方方向への力がかかる。
本来、臼歯部などにかかる力を前歯部が受けると、負担しきれないため歯牙は傾斜する。
これが、前歯が出てきてしまった原因。

上の歯は下の歯の前上方に位置する
前歯部の位置関係

上の歯は下の歯の突き上げをくらう
前歯の傾斜移動

総論

一昔前は、よく前歯が突き出た高齢者が結構散見していた。
これは、臼歯がなくなったのに、入れ歯などを入れないことが原因。

入れ歯は気持ち悪いので、残った歯だけで過ごしたい気持ちはわからなくはない。
しかし、残った歯がダメになってしまえば、はるかに不快な大きな入れ歯になる。

歯の喪失は、放っておくと連鎖的に咬合崩壊をおこす場合がある。
入れ歯などの装着には、きちんとした理由があるのだ。

前歯が出てきた 完