心室性不整脈とマクロライド

前回、マクロライドの個人輸入についてとりあげた。
今回は、医者が処方した問題のあるケース。

風邪で処方されたマクロライド

40代女性、古いアマルガムの脱離で来院。
問診票のアレルギー欄には、マクロライド系の薬疹の既往があった。
何の疾患で処方されたのか尋ねてみると、ただの風邪で処方されたとのこと。

何度も繰り返すが、マクロライドは貴重な抗生物質。
これでしか倒せない感染症がある。
しかも耐性菌を誘導しやすい。
そのため、大病院などでは使用は制限をかけている。

ではなぜ、この薬を医院は処方したのか。
この患者は、ひとり親の医療券の対象者。
ひとつの医療機関で月三回までは500円の窓口負担で、それ以降は無料。
ジスロマックは非常に高い薬価がついており、3日ワンセットで180点ほど。
つまり、医院にはジスロマックで1800円入ってくる。
医療費が高くても文句を言われないと踏んで、処方したと思われる。

マクロライドの代表的薬剤・ジスロマック
マクロライドのジスロマック

実際には、風邪に抗生物質は不要。
ウイルス性疾患である場合が多い風邪には抗生物質は効かないどころか、腸内細菌叢を乱すため逆効果。
ましてや極めて広い抗菌スペクトルを持つマクロライドは、オーバースペックも甚だしい。

マクロライドの有用性はともかく、この患者にはもっと大きな問題があった。

見過ごされていた心疾患

問診票の欄にもう一つ、チェックがついていた。
心疾患である。
聴くと、小さいころから不整脈で定期的に診察を受けていたとのこと。
ST延長とのことである。
ST時間の延長、つまりはQT延長症候群の既往があったということだ。

QT延長症候群(LQTS)

心電図でみると、心臓の波形はPQRSTという波で構成されている。
ピコーンと上がっているのが、R。
波の構成は、心臓内の電気的な活動により調律されている。

正常な心電図
心電図

そのQRSTの間は、心室筋の活動電位持続時間に相当する。
この時間の延長は、心筋の電気的な不安定状態を招き、心室期外収縮や重症不整脈が出やすくなる。

QT延長症候群は、発作が出ない時は、自覚症状は全くない。
発作が起こった場合の症状は、立ちくらみや意識消失、時には心室細動(Vf)に移行して死亡してしまう。

原因は多くの場合、遺伝子異常。
1200人に一人程度にみられるが、発作を起こす人は1~2割程度とされている。
学童期から心電図に異常がみられるものを、先天性のQT延長症候群としている。
そして、もう一つ、後天性のQT延長症候群がある。
薬剤性のものだ。

薬剤誘発性QT延長症候群

薬剤の中には、副作用としてQT延長をきたすものがある。
抗不整脈薬、向精神薬、抗アレルギー薬、抗うつ薬、抗菌薬などのうち、いくつか該当するものがある。
抗菌薬では、ニューキノロン・抗真菌薬のいくつかに加え、ほとんどすべてのマクロライド系抗生物質がQT延長の原因になりうる。

したがって、もともとQT延長症候群の既往を持つ患者に対しての、この手の薬品の投薬は、循環器専門医がおこなうべきことが推奨されている。
薬剤の効果がQT延長を後押しし、重篤な副作用となりうるからである。

対応

基本的に私は、心疾患の患者には血管収縮薬としてのアドレナリンが入っていない麻酔薬に切り替える。
今回の患者も、その適応。
QT延長症候群の誘発は、過度の緊張などからも起こりうる、アドレナリンはそれを助長しかねない。
ただし、麻酔の効きは、通常の物に比べ悪い。

当院で使用しているアドレナリンフリーの局所麻酔薬
メピバカインカートリッジ

考察

患者には今後、マクロライド系の服用は絶対しないよう説明した。
医科出身の者が、QT延長を考慮しない処方をおこなうのは全くもってあってはならないことだと思う。
ましてや、マクロライドなど絶対に必要と思われない風邪の治療のために。
医療人としての常識を疑わざるを得ない。

歯科はもっとひどい。
一部の歯科医師がマクロライドを投与する歯周内科治療をおこなっている。
〇〇カ月で、歯周病が治った、などと宣伝している治療法。
儲からない保険治療から自費治療に誘導するために、おこなっている場合がほとんど。
マクロライドを用いずとも、歯周病治療は可能であるし、歯科治療ごときで貴重なマクロライドを使うべきではない。
いざというとき、使う薬剤が無くなってしまう。

歯周病に罹患する年齢は、多くは循環器などの基礎疾患が発症してくる年齢でもある。
歯科医の多くは、マクロライドのQT延長など気にも留めていない。
というよりも、知らない歯科医師の方が多いだろう。

薬剤の使用の是非はともかく、使用する以上、それに見合うだけの知識を持つべきである。

あってはならない投薬 完