以前勤務していた医療法人で、分院長をしていたころの話。

6月、梅雨も本格的になってきたころ。
70歳台の男性の患者さんが来院されました。
はるばる大阪市内から寝屋川まで受診されにきました。
最近、カラオケが何だかうまく歌えないとのこと。

このころ、私はこの医療法人で、理事と分院長の兼任していました。
朝10時から夜10時まで、1時間の休憩をはさんで診療。
土日も診療していたので、週1の休み、ひどいと週60時間以上仕事していました。
子供の運動会にもいけない生活。
しかし理事長とでっかい医療法人にするぞ、と奮闘していたので充実した毎日でした。

さて、ろれつが回らないというのは、意外と深刻な場合が多い。

入れ歯が原因である場合は、保険外の薄い金属製のものや、特殊な維持装置のものにかえればある程度解決します。
保険入れ歯であれば、国は最低限の機能回復のみ保障する義歯しか作らせてくれないので、お手上げ。
材質上、快適性は考慮されず、単純に食べれること以上のことは難しいのです。

この患者さんの場合、最近よくむせるようになったとのこと。
入歯はなし。
しばらく健康診断にもいっていない。

この場合、考えられるのは、お口の問題ではなく、舌の運動機能の低下、そして嚥下をつかさどる能力の低下。
カラオケなどよくいかれるせいか、咽喉部の筋肉などの機能の衰えは見られない。

ならば考えられる原因は、中枢機能、つまりは大脳の運動野になにかおこっていること。
年齢などを考えると、小さな梗塞が大脳の運動野におこった可能性が高い。
今後、これ以上の梗塞がおこると、最悪命にかかわる事態もおこりうる。

すみやかに脳外科を受診し、治療の必要があるかどうか確認するよう少しくどいくらいさとしました。

半年くらいたって、その患者さんが来院されました。

車いすでした。

あれだけさとしたにもかかわらず、受診しなかったのです。
そして2か月後、脳梗塞で倒れ、半身不随となったのです。

このケースでは、危険が察知できたにもかかわらず、それを防ぐことができませんでした。
いくら医療に携わる人間が努力をしても、結局のところ治すのは本人にその意思がなければ無理なのです。

日々診療をしていると、しょっちゅうその壁にあたります。
特に歯科は、悪くなってから治せば良いや、と考える方が多いのが残念です。