10歳男児。
平日の朝であったが、学校の先生に付き添われて来院した。
バスケットボールをしていたところ、クラスメイトの肘が下顎にぶつかったとのこと。
ジッパー付の袋に白い液体が入っているのを持参していた。
中には、白い破片が入っている。

実はこの男児、以前も似たような状況で左下2番がかけてしまい、私がレジンで修復していた。
今回はそれが取れてしまっただけだった。
エッチングをかけて、無麻酔で即修復、大事には至らず。

さて、教諭がレジンの破片を持ってきたのは、歯が抜けたと勘違いしたため。
ジッパーに入っていた液体は、牛乳。

歯は外傷などで脱落しても、条件が良ければ、最着する。
その条件とは、歯根膜が生きていること。
歯は骨と直接くっついているわけではなく、歯根膜と呼ばれる繊維組織で結ばれている。
強い力がかかると、この歯根膜の繊維がちぎれて歯が脱落する。
抜歯は、この歯根膜のところを断ち切る作業。
歯根膜は生組織なので、細胞が生きていれば再び再生が可能。

そこで、歯根膜を活かしておくための保存液の代用として用いられるのが、牛乳。
テレビなどで、歯がぬけたら牛乳とさんざん放送されているため、保存液=牛乳 のイメージが浸透してしまった。
牛乳でなくとも、体液に浸透圧が類似していればよいので、スポーツ飲料などの方が乳脂肪分がない分すぐれている。
抜けた歯をペットボトルに放り込んでおけば良い。
理想は薬局で売っている保存液だが。

抜けた歯の扱いであるが、絶対に水洗いしないこと。
真水で洗うと、浸透圧の差で歯根膜を構成する細胞が死んでしまう。
泥がついているからと、こすったりしてもダメ。
乾燥も大敵だ。
歯根膜は痛みやすい、生き物を扱うのと同じ。
とにかく抜けたそのままに近い状態で、可能な限り早く保存液にいれること。

そして再植はスピードが命。
時間がたてばたつほど、再着の可能性は下がる。
歯が抜けたら、何をおいても一刻も早く歯医者に駆け込むこと。

歯医者では、抜けた歯は適切な処理後、歯槽に戻され、隣在歯などと固定される。
何週間かして、歯根膜がうまくくっつけば、後は根管治療。
さすがに歯牙内部の神経は生かせないので、無菌化したのちに根管充填する。
その後は補綴により、クラウン等をかぶせることとなる。

運よく再着しても、歯根膜にダメージがあれば、歯は骨と癒着してしまう。
そうなると、数年のちに歯は骨と置き換わってしまい、置き換えられなかった歯の頭部が脱落してしまう。(アンキローシスという)
そうならないためにも、抜けた歯の扱いは細心の注意を払うべきだ。

歯の再植のために 完