透析患者の抜歯の留意点

日本において、人工透析を受けている患者は、実に30万人に上る。
単純に約4百人に1人の割合で患者がいることになる。
そして多くは、糖尿病の悪化により透析導入を余儀なくされた患者。
当院でも、数人の透析患者が受診している。

糖尿病は白血球の遊走能が低下しているため、易感染性。
加えて、糖尿病は毛細血管の障害を伴うため、腎臓が機能を失うのであるが、それは唾液腺とて同じ。
唾液腺も血中の水分を取り出す腺組織であり、血管依存性のため唾液分泌能が低下している。
そのため口腔乾燥のため、歯周組織の抵抗性が著しく低下している。

つまり、多くは歯周病が重篤、もしくはコントロールが必要にある。
歯科での加療が欠かせない。
そして、時として抜歯が必要になる。

透析患者の抜歯の概要

透析患者の抜歯は、通常の抜歯と異なる。
患者の予備能が低く、合併症がおこるとリカバーできないこと。
そして体の恒常性の一部を透析に依存しているためである。

抜歯の処置日

抜歯は原則として、透析日の翌日。
透析当日は、抗凝固薬ヘパリンの影響で易出血性となっている。
ヘパリンは数時間で分解されるが、透析には体力の低下が伴うので、観血的治療は避ける。
また、翌日であれば、比較的血液の水分・イオンのバランスが良好なためだ。

抜歯時の注意

基本的に速やかな止血が望まれる。
出血は、その後消化管において、破壊された赤血球の細胞内成分の吸収を招く。
細胞内にはカリウムが含まれており、これが吸収されると血中のカリウムの上昇をきたす。
通常の患者と違い、透析患者では吸収したカリウムの排泄が、腎臓でおこなえない。

カリウムは猛毒だ。
事故の後、助け出された患者が急激に容体悪化して死亡することがある。
これは、壊死した組織の細胞からのカリウム流入による心不全。
クラッシュ症候群という。
透析患者では、出血が続くと意図せず同じような体内状況を招く。

このような点から、シーネ(床装置)や縫合、圧迫による確実な止血が必須となる。

投薬

まずは抗菌薬。
他に全身疾患がない場合、ペニシリン系を含むβラクタム系でれば、3日程度の通常投与で問題ないとされる。
できれば2分の1の減量投与が望ましい。
肝代謝のマクロライド系、テトラサイクリン系は通常使用可能だが、耐性菌の問題を考えると避けたいところ。
ニューキノロン系は、尿中排泄の依存性が高く、減量投与が必須。
こちらも抗菌スペクトルが広く、βラクタム系アレルギーでもなければ、積極的に使用する必要性は感じない。

ニューキノロン系は減量が必須
オフロキサシン

なお、透析当日の抗菌薬の服用は、透析後におこなう。
透析により薬剤が除去されてしまうためである。

次いで鎮痛剤。
腎不全患者では、ロキソニンなどのNsaidsは禁忌、アセトアミノフェンは要注意とされている。
ところが、透析を要する患者では、すでに腎機能が失われているため、処方が可能とされている。
用量は通常量。

総論

透析を受けている患者は、可能な限り観血処置をおこなわないことが望ましい。
とはいえ、やむを得ない時は、透析をおこなっている医療機関と対診をおこなったうえで行う必要がある。
とはいえ、予備能の薄い透析患者の抜歯は危険を伴う。
過去に偶発症での死亡が報告されている。
できれば、病院などの口腔外科で入院の上での抜歯が望ましい。

透析患者の抜歯 完