入れ歯の場合は顎位を入れ歯の作成過程に落とし込むのがカギとなる。
入れ歯の作成は、咬合器と呼ばれる顎運動を再現できる装置上でおこなわれる。
通常保険適用義歯で用いられるのは、平均値咬合器と呼ばれるもの。
これは下顎の運動要素を平均的な値をもとに固定してある。
安く簡潔に作成するには優れている。
平均値咬合器
ところが顎位に問題があるケースでは、平均値咬合器では運動経路が全く再現できない。
ゴシックアーチ描記法などを用いて運動要素を割り出し、調節性咬合器上で固有の咬合を再現する必要がある。
非常に手間がかかるうえ、調節性咬合器は非常に高額。
全調節性咬合器など高価なものは数百万円もする。
それでも完全に再現できるかというと、実際には誤差が生じ、最終的には口腔内での調整が必要。
現実的には、既存の入れ歯もしくは仮に入れ歯を作成し、理想的な位置まで補正しておいてから最終的な補綴物を作成するのが術者・患者ともに負担が少ないと感じる。
ただ、痛くても顎が運動したい方向、つまりは突き上げがおこる方向で咬みに行きたいと感じるのもまた事実。
兼ね合いが非常に難しい。
十分に仮義歯の咬合になじんでから、作製に入るのが重要。
要は、入れ歯の作成前におこなう補正こそが、この治療の本質。
前処置が40%、作成が20%、調整が40%ぐらいが治療にかかる労力というところ。
通常の保険の補綴物とは全く違うものが出来上がる。
問題は、健康保険の範囲内ではかかるコストが全く吸収できないこと。
保険で認められるのは、必要最低限の機能回復。
当然当院でも、このような治療は保険ではまかなえない。
それゆえ、結果はどこまで本気で治したいかという患者サイドの価値観によってしまう。
治せるのに、治せないという状況が歯科医として悩ましい。
だからこそ、一番大切なのは、幼少期から歯を大事にし、咬合を狂わす要因をつくらないこと。
悪くなったら治せば良い、というのは諸外国に比べ非常に安い歯科治療が受けれることの弊害だと思う。
日本の保険歯科治療費は、先進国で受診したときの約十分の一のコスト。
安い治療費の代わりに、安いなりの治療に健康の一部を少しづつ差し出していっているようなもの。
他の先進国では、治療費が高額ゆえに、予防医学が発達している。
予防のコストは、終身で予防しなかった場合の歯科治療費とほぼ同額になるという試算がある。
コストは同等でも、予防しなかった後に残されるのは、ボロボロになった歯を治した、いわばつぎはぎだらけの事故車のようなもの。
予防して、無事故で快適に走れる車とは大違い。
どちらが良いかは一目瞭然。
幸い、現代の子供たちの平均う蝕本数は1本以下。
昔に比べて大幅に減少している。
歯医者には冬の時代が近づいてるのかもしれないが、未来は明るいようだ。
失われた顎位・完