通法通りに作成しても、ズレが出る。
どうしてこんなことがおこるのか。
昔、私が家庭の事情で大阪に帰ってきたころの話。
自分の持つ治療技術を上げるため、とある補綴の名医のもとで何年か修業した。
修行なので、給料はとても安い、女性スタッフなみ。
こんな修行方法をとるドクターは、少ない。
ある日、60代後半の女性患者の右下6番にFCKをセットした。
咬合紙を使って調整する、歯医者ならごくごく普通の調整。
この時は、あれ、こんなに深くかみこんでいくかなという印象だった。
次の日、女性が来院。
右の耳の前が痛いという。
師匠が診察。
ははーんという感じでニヤリとする。
これは私に勉強させたい症例であるときのサイン。
6番の前方歯群は全て残存している。
ファセット(咬耗)強め。
7番はかなり古いFCKで、上顎も古い⑥5④ブリッジ、7番はなし。
左は残存歯列充分。
普通に考えると、咬合が狂う状態ではない。
師匠、セットしたFCKのある臼歯部ではなく、前歯部を私にみせる。
上顎と下顎の前方歯群が、下顎1番が上顎1番に対して歯牙半個分、約3ミリ右側に偏移していた。
人間の顎のかみ合わせは、垂直方向の変化に対してはかなり許容範囲が広いが、水平方向は極めて狭い。
しかし、残存歯が充分であれば、上下の残存歯の咬頭ががっちりかみ合ってずれを許さない。
また、あごの関節がしっかりとしていていると、偏移しない。
ほとんどの場合は、関節単独でも顎位は保たれる。
ところがこのケースでは、上顎7番がなく、問題のFCKが咬合の最後端。
加えて前方歯群は強いファセットのため、水平方向のロックがあまくなっていたということ。
そして顎関節がゆるく、不安定だった。
充分歯列が残っていたため、懸念していなかった。
診療のエラーは、決めつけてしまったときにおきる。
今思うと若かった。
狂った顎位は、師匠の手によりTEKを用いて正確に拳上され、しかるべき位置にまで戻された。
続きます