20世紀に爆発的に拡大したHIV、その疾患に我々はどう戦っているのか。
HIVの対策には、HIVウイルスそのものへの対処と、感染の拡大を防ぐことの二つからなる。

HIVウイルスそのものへの対処は、感染患者に対してのもの。
ウイルスを完全に体外から消失させることは、今の医学では不可能。
前回述べたようにHIVは変異しやすいという特性をもつため。
現在は抗ウイルス薬で増殖を抑えるという治療が一般的。

ひとつの抗ウイルス薬では、すぐにHIVは耐性を獲得して効果がなくなるため、多数の抗ウイルス薬を同時に用いる。
基本となるのは、核酸系逆転写酵素阻害剤。
通常、ウイルスではない生物はDNAからRNAへ情報を転写し、それをもとにタンパク質(酵素)を合成していく。
そのおおもとになるDNAの書き換えを、RNAウイルスは逆転写酵素を使っておこなう。
逆転写酵素阻害剤は、HIVの遺伝子の本体であるRNAから、CD4陽性リンパ球のDNAへの情報の書き換えを阻害する。
これを2系統と、非核酸系逆転写酵素阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、インテグラーゼ阻害剤の中より1系統。
これらの薬剤も、ウイルスが細胞に侵入し、自己を複製するメカニズムのどこかを阻害するもの。

この多剤併用療法により、HIV感染患者の寿命は、非感染者と変わらないレベルにまで達した。
もはや、エイズは不治の病ではない。
当初は年間1万ドルのコストがかかったが、現在では薬事法の見直しで発展途上国でも治療可能な水準になっている。

しかしこの薬剤は、一生正しく飲み続けなくてはならない。
症状がマシになったからといって、服用を中止すると薬剤耐性型のウイルスが出現する。
かつて、日本でも結核の多剤併用療法で、一部の身勝手な患者が、途中で服薬を中止したため耐性菌が出現した。
現在日本で問題になっているのは、耐性を持った結核。
薬というものは、個人のためのものではない、人類全体のためのもの。
必ず医師の診断に従い、個人の判断や、似非医療に惑わされてはいけない。

感染の拡大も、いまやHIVの動態が解明されたことでかなり防げるようになってきた。
血液感染は標準予防策の普及で激減し、母子間感染も1%未満というレベル。
問題は、HIV感染に気付かない患者の性感染。
HIVの潜伏期間をこえて、エイズ発症で初めて気づく場合が多い。
今後日本で問題が大きくなると思われる。
感染のごく初期に献血をおこなっていれば、スクリーニングも潜り抜けてしまう。
知らなければ、感染をおこしてしまうウィンドウ(期間)が発生する。
不顕性感染をどう対処するかが、今後の医療の課題だろう。

感染症に罹患している患者にひとこと。
医療機関では感染とその既往については必ず事前に報告してほしい。
感染を広げないだけでなく、患者自身に使用する薬剤等もマッチさせないといけないため。
薬には相互作用があるため、知らずに通常の第一選択薬を出すと、大変なことになる可能性がある。
また、HIVやHCVなどは、感染していると他にかかりやすい感染症があり、それの感染対策も重要になってくるからだ。
そのような事情から、受診できる医療機関は限られてくると思われる。
しかしながら、それは治療がお互い安全におこなわれるため。
決して診たくないから診ないというわけではないのだ。

HIVと後天性免疫不全症候群 完