午前の診療が終わり、つかの間の昼休み。
家から電話があり、娘がインフルエンザに感染したという。
歯医者とはいえ、医療機関。
インフルエンザに罹患して、患者さんに移すようなことは絶対にあってはならない。
さっそく近くのクリニックにタミフルを処方してもらいにいった。
すると、初老の院長のソメノ先生。
先ほど患者さんがお手紙持参でいらっしゃったよ。
よくみつけたもんだねえ。
とおっしゃられる。
こちらの医院にかかっていたのか。
ああ、やっぱり歯科領域をこえた疾患だったんだなあ、とそのときは思っただけでした。
何日かのち、インフルエンザにかかることもなくほっとしていたころ。
先日お手紙付きで送り出した患者さんのご家族が来院。
どうしたのかと話しお伺うと、患者さんは急性白血病で余命3週間だとのこと。
白血病は血液の癌ともよばれる
血液は骨髄でつくられる。
その骨髄内で、本来白血球になるはずの細胞が、遺伝子エラーで正常な分化をしないまま大増殖をおこすのが白血病。
白血球は細菌などの異物を退治する血球のひとつ。
正常な分化能を失った未熟な細胞は芽球と呼ばれ、骨髄内を占拠し、正常な血液の分化を妨げる。
また、芽球には白血球としての能力はない。
そのため、正常な血液の減少の結果、貧血や、血液凝固成分の不足により歯ぐきからの出血などがおこる。
今回のケースでは、歯ぐきからの出血はなかった。
これは、あまりにも病状が早く進行したため、30日でほぼすべてが入れ替わる血液凝固にかかわる血小板が、循環系に残っていたためと推測される。
ただ、芽球の組織への浸潤が強烈であったため、入れ歯との適合を狂わす程の腫脹を生じたのだろう。
手紙を携えソメノ先生を受診したところ、先生は即採血を行い、そのまま顕微鏡で観察をおこなったという。
おそらく顕微鏡像は未熟な芽球でいっぱいだったはず。
そもそも今日日のドクターは顕微鏡診を自分でやる人はまれである。
昔気質の臨床畑出身のドクターの本領が発揮された。
先生はすぐに関西医大病院に転送の手筈をおこなった。
そのあとくらいに私がタミフルを貰いにやってきたわけだ。
患者さんは次の日には関西医大を受診、即刻入院し治療を開始した。
私が診てから、治療開始まで30時間弱。
医科との連携が最高にうまくいき、記録的な早さだと自負している。
もし私が経過観察にしていたら、ソメノ先生が血液検査を外注していたら・・・
どれかひとつでも狂っていたら、結果は大きく異なったものになっていたはず。
しかしいくつものIFはすべてうまくかみあった。
患者さんはその後、早期治療が奏功し、予定よりはるかに長く生きることができた。
家にも帰ることができたし、家族との時間も長くとることができた。
歯科医だからといって、歯を治すだけが仕事ではない。
医療人である以上、口腔は全身の一部にすぎないことを強く自覚すべきだと思う。