甲状腺ホルモンの過多は、甲状腺機能亢進症という。
こちらも女性に多く、男性の約5倍、軽度なものをふくめると女性の5~10%程度。
過多になった甲状腺ホルモンは、体の各器官の活動を過剰にしてしまう。

具体的な症状としては、頻脈、高血圧、発汗、体温上昇、手足振戦、体重減少(逆に食欲亢進で増加のことあり)、息切れ、動悸、暑がり、情動激化、不眠などがある。
また眼球奥の脂肪組織や筋組織の肥大をおこし、眼球突出などの特徴的な風貌変化をきたす。
また、骨への代謝亢進の結果、骨粗鬆症になりやすい。
症状はひとつでなく、いくつかまたがっておこるのが通常。
診断に用いられる症状としては、頻脈、甲状腺肥大、眼球突出の3徴候であるが、必ずしもすべてそろうわけではなく、他の徴候とあわせて判断される。
頭脳の回転も早く精力的で、かの名宰相、田中角栄もわずらっていた。
ただし身体への負荷はすさまじいものがある。

一時、海外からの個人輸入のやせ薬で死者が出るような騒ぎがあった。
これは、人工的に合成された甲状腺ホルモンが主成分。
代謝を亢進させすぎてしまったゆえの事故といえる。

発症のメカニズムは、甲状腺自体が原因でホルモンが異状放出される原発性と、甲状腺刺激ホルモンなどの過剰により過多になる中枢性のものがある。
原発性のものは、甲状腺炎などで一過性に貯留されていたホルモンが放出されるものと、甲状腺が過剰にホルモンを分泌しているものとに分けられる。
少ないケースでは、甲状腺組織由来の腫瘍。
甲状腺機能亢進の多くを占めるバセドウ病は、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の受容体に対する自己免疫疾患。
TSH受容体への抗体が産生されると、受容体を抗体が壊すのではなく、くっついてしまう。
それを刺激とみなし、甲状腺はホルモン分泌のスイッチをオンにしてしまう。
普通の自己免疫疾患とは状況を異にする。
結果として、甲状腺は甲状腺ホルモンを放出し続けてしまう。

過剰の甲状腺ホルモン放出で、代謝亢進の結果、視床下部はコントロールのため、甲状腺刺激ホルモン(TSH)、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)を放出しないようにする。
それゆえ血中には、TSH受容体抗体、大量の甲状腺ホルモンと、検出不能なほどに低下したTSH,TRHという状況がつくられる。
治療には、甲状腺ホルモンの生合成阻害薬である抗甲状腺薬、もしくは放射線同位元素のヨウ素製剤が用いられる。

中枢性の甲状腺機能亢進は、TSH,TRHの過生産。
視床下部や脳下垂体の腫瘍や、遺伝的なものなどがあるが、まれといってよい。

歯科治療における注意点は、ストレスからくる内因性アドレナリン上昇や、局所麻酔薬に含まれるアドレナリン(血管収縮作用)による代謝のさらなる亢進である。
具体的には、頻脈、急激な発熱、血圧上昇や意識障害がある。
病状のコントロールが悪い場合は最低限の治療にとどめなくてはならない。
当院では、甲状腺機能亢進症の患者には、アドレナリンフリーの麻酔薬を使用し、影響を最小限にするようにしている。
どうしても通常の麻酔薬が必要なら、状況や体重に応じて減量投与。
私の治療でトラブルが起きたことはないが、慎重に治療を心掛けている。

歯科治療においても、薬剤や創傷治癒など、全身とかかわる事項は多くある。
ただ単に、口腔内の治療に目を向けるだけでなく、体の状況と対話するように治療はすすめるべきだ。
ただでさえ歯科医院は、患者が緊張を強いられて、不安定になるところなのだから。

甲状腺疾患と歯科治療 完