妊娠中の歯科治療は、時期により大きく異なる。
母体、胎児両方に与える影響を最低限にしなくてはならない。
まず妊娠初期、安定期に入るまでの5か月間。
安定期というのは、母体というよりむしろ胎児にとって。
この期間に胎児は遺伝情報から人間としてのパーツの組み立て期。
安定期以降は組みあがった人体が大きくなる期間といっていい。
それゆえ、最初の5か月間の重要性は大きい。
この期間は胎児のさまざまな器官が、遺伝情報を基につくられる。
つまり、細胞内ではさかんに
DNA → 転写 → mRNA → 翻訳 → タンパク質(酵素)
がおこなわれており、これによって形質を発現する。
それゆえ、細胞内部に影響を与えるような因子は、奇形や先天性の障害につながりかねない。
具体的には、感染、薬品、放射線など。
遺伝子に異常はないが、何らかの障害がある場合は、この段階で問題があった場合が多い。
最も大きな影響があるのは、感染。
ウイルスや細胞内寄生体は、遺伝情報の複製発現の場所そのものに入り込む。
したがって与える影響は他の場合とは比べ物にならない。
具体的には、風疹など。
妊娠4~5週で感染すると、難聴、白内障、心臓の奇形の確率が50%以上に達する。
パーツの組み立ての終わった妊娠後期ではほとんど影響がない。
薬品の中には、細胞内に侵入して働きかけるものがある。
抗ガン剤はDNAの合成や細胞分裂を阻害する。
妊娠中にガンの化学療法がおこなえないのはご存知の方も多いだろう。
抗生剤では、マクロライド(代表薬ジスロマック・クラリス)、キノロン(クラビット)、テトラサイクリン(ミノマイシン)等が細胞内に入って薬効をあらわす。
これらの抗生剤も、感染に比べると与える影響は1%以下ではあるが、影響がある。
このように妊娠初期は、胎児が未完成の状態。
体を組み立てている真っ最中だからこそ、不要不急の治療はおこなえない。
あくまで最低限の応急処置にとどめるのみ。
どうも歯科の世界は、妊娠下での治療に対する意識が希薄な感じがしてならない。