効かない魔法

30代女性、麻酔抜髄(神経の除去)のため当院を受診。
もともと痛みがあった歯で、先日受診した歯医者では、2週間先まで予約が取れないといわれたという。
ドックベストセメントで治療したが、痛みが引かないので神経をとるといわれたそうだ。

受診していた歯医者

その受診したという歯医者の名前を見て、ふと気が付いた。
この歯医者、3年ほど前に東大阪東部にできたのだが、やたら大きな看板をあちこちに立て、一部100円を超える3つ折りリーフレットを広範囲にまいている、挙句に果てには2ページにわたりドクター紹介本に記事を出している(費用2ページなら100万円!)。
これで、採算が取れるのか、いったいどんな事業計画のもとでやっているのか、非常に興味を覚えたことがあったのだ。(ちなみに出身校は、非常に残念な歯科大であった)

おこなわれていた治療は、臼歯にドックベストセメントを充填し、仮封材でふたをしただけのもの。
仮封を外すと、露髄(神経が露出)したところから、出血をしてきた。

仮封とセメントを除去した状態。すでに露髄している。
ドックベストセメントの不適症例

誤った術式

この時点で、前医は治療上の2つのミスをしている。
ドックベストセメントは自己接着性がなく、う窩に塗布した後は接着性を有し、歯髄刺激性の無いグラスアイオノマーで厚めにおおう。
樹脂製の粘着力のみに頼る仮封材で覆うなど、もってのほか。
補綴のための形成時にセメントがすべて流出する。

もう一つは、露髄面があるのにドックベストは不適切。
使うなら、一番良いのはMTAセメント(保険外)、保険内なら見劣りは否めないが水酸化カルシウム製剤。
ただし、神経症状が出た時点で、神経の保存はおこなわないのが普通。
この時点で、目的とした修復は失敗しているといって良い。

隠れた意図

おそらく前医のもくろみは、ドックベストセメントを使うことで、自費のクラウンに誘導するつもりだったのだろう。
ところが、神経の治療になってしまい、保険に逆戻りどころか、赤字の代表格である麻酔抜髄になってしまった。
患者は他には大きなう蝕などで補綴すべきところがなかったため、放流してしまうほうが利益になると考え、2週間先まで予約が取れないことにしてしまったと推測される。
なぜなら、神経症状の出た歯を、開けて枯死させる製剤を入れるだけなら、ものの5分もかからない。
そこで2週間先に神経が枯死した歯を、じっくり治療すればよいのだから。
2週間も痛みを我慢できずに、他院にいくだろうという故意犯と思われる。

あるべき医療の形

ドックベストセメントに限らず、日本の薬事で認可されていない治療法や薬剤は、使用すると以後の治療は自費となる。
薬で治す歯周病、などというのもその代表格。
保険診療だけでは医院の運営は難しいという、日本の保険システムの欠陥を補うためにこの手の自費誘導は最近よく目につく。
しかし、それ相応の技術や知識があっておこなう分にはまだ許されると思う。
技術も、根拠となる知識もない歯科医が、儲かるからといって飛びつくのは大問題だ。

それにしても、お金になりそうな治療だけを選んで治療するというスタンスはいかがなものか。
保険医の看板を下ろし、自費専門でやるべきだと思う。

来院した患者は、麻酔下で神経の除去をおこなった。
今のところ順調である。

魔法のセメント 完